第2話怪物種資料 Δ?No.1「狡猾なる賢者」

古い時代では、動物の肉を人間が喰らい生きるための糧としていたが、動物もまた、人間の肉を貪り生きるための糧としていた。

そんな暗い世界の中で、小さな畜生が死にかけの人間のメスを発見した。

人間の姿は、赤黒い肉と黒々と腫れた肉に蝕まれ覆われていた。

古い時代、一部の力あるもの血を引く存在は、生命力が強く常人であれば既に死んでいるような状態でも体が死ぬことを拒む事があった。

想像を絶する苦痛と絶望。痛みと虚無感に虫噛まれつつある意識の中、死に限りなく近づいていた少女の魂は、足元に立ち此方を見上げる小さな畜生の存在を捉えた。

目はもうとっくに見えないはずなのに、そこには小さなネズミがいたような気がした。

呆然とネズミを眺めていると痛みが薄れていき少しだけしゃべる気力を取り戻した少女は、ネズミに心の中で聴いた。

(ねずみさん、ねずみさん、元気なねずみさん、あなたはなぜこんなところにいるの? 2日前にねずみさんの友達は地下の共用食料庫にたくさんいたよ。

ねずみさんは私と違って元気なのに、なんで友達のところに行かないの?)


少女の心の声を聞き取ったのか、ネズミがちゅうちゅうと答えた様な気がした。

「森で食べるものはなくなって、人間さんの世界に降りてきたんだ。でも僕は友達のみんなとは違って、力も弱く足が遅いんだ。だから、せっかく集めた人間さんのご飯を分けてくれないんだ。お腹が空いてるんだ」


ねずみさんの言葉を聞いて、少女は心の中で言葉を返した

(ねずみさん、ねずみさん、私はねずっと昔お医者様になりたかったんだ、私は周りのみんなより強かったからか真っ黒病になりにくくて、大人になったら、村のみんなを治すお医者様になろうと思ってたんだ。

だからねお本をたくさん読んだのいろんないろんな本を。それでねちょっと昔にねすごいお本を見つけたの。遠い遠い国から伝わったえらいお医者様の本らしいの人間さんが、豚さんや牛さんの体を食べるとね。足を食べたら、足が腕を食べたら、腕が心臓を食べたら、心臓が頭を食べたら頭が治るんだって。それでね。そのこと伝えたら、村のみんなが牛や豚さんの皮を剥いでねみんなで仲良く食べたんだ!そうしたら本当にみんなの真っ黒病が治っていったんだ、みんなの真っ黒病が治って嬉しくて、たくさんの人にこのことを教えてあげたんだ、そうしたら村や町から牛さんや豚さんがどんどんいなくなっていっちゃって。

それでね、次の年になったら、また真っ黒病がたくさんたくさん流行ってね。村や町に住んでいる皆真っ黒にかかっちゃった。

真っ黒に効く牛さんや、豚さんは、もうどこにもいなくてみんなの体を治せる皮がどこにもなかったんだ、みんなみんな痛くて痛くて苦しんでる中、村の人たちが新しい皮を見つけたの!村外れに住むハンネスさんって言う綺麗なお姉さんで、たまに狩りの獲物を分けてくれたり、誕生日に綺麗な髪飾りをプレゼントしてくれる、優しいハンターのお姉ちゃんだったんだ。

ハンネスお姉ちゃんはね、みんなとあまり話さなかったせいか村の人たちには、少し嫌われててね、でも、お姉ちゃんは真っ黒病にかかってなくて、とってもきれいな肌をしていたんだ。

村のおじさま達は、獲物の皮を独り占めしてるから肌が綺麗なんだって言って、お姉ちゃんを小屋に連れてちゃったんだ。

その日の夜ね、久々に皮料理が出たんだ。

見たことない。真っ白できれいな皮だったから、何の動物なのって村のおじさまたちに聞いてみたの。そしたらハンネスのお姉ちゃんが狩ってきた真っ白な動物の皮なんだって教えてくれた。私はこれでみんなの病気が治るって嬉しくて、楽しくなって村のみんなで夢中で皮鍋のシチューを食べたの。

今まで食べたものの中で1番おいしい料理だったなぁハンネスお姉ちゃんも食べていけばよかったのに。

でもね、でもね、ねずみさん。皮料理を食べたのに、みんな真っ黒病が治らなかったんだ、でもね、痛みや苦痛が弱くなったの。

それでね、後で、村のおじさまたちに聞いたらハンネスお姉ちゃんは真っ黒病が治らなかったの申し訳なく思って、どこか遠くの遠い街に行っちゃったんだって。

それからは村のみんなの真っ黒病がひどくなるたびに白い皮の動物を村のおじさま達が狩って、みんなでシチューにしたの。

でもね、最近では白っぽい皮の動物さんを狩れなくて赤黒い皮のシチューしか無くなっちゃったんだ、でも黒い皮じゃ真っ黒病は殆ど抑えられなくて私以外みんな死んじゃった。

ねずみさん、ねずみさん、私の言葉のわかるねずみさん。私の言葉がわかるって事はねずみさんは妖精なのかな?

私の言葉を最後まで聞いてくれてありがとう。

もしよかったらお礼、お礼をしたいな、ねずみさんはお腹が空いているんだよね?

もし良ければ私を食べてくださらない?ねずみさんの足は私の足を食べれば多分早くなるよ。ねずみさんの腕は私の腕を食べれば強くなるよ。ねずみさんの皮は私の皮を食べれ他のネズミさんよりも病気になりにくくなるよ、私の頭を食べれば、他のネズミさんよりも頭は良くなるよ。私の言葉ずっと聞いてくれたネズミさんどうかよければ召し上がって下さいな。)


ネズミが本当に少女の言葉に耳を傾けていたのだろうか?ただ単に死にかけの生き物が捕食できるレベルまで弱るのを待っていただけかもしれない。

しかし、結果として、ネズミは少女の約束を守った。

少女の皮、肉、臓物、骨、髪の毛、血の一滴に至るまで全てを平らげ、残った髪飾りは記念に持って帰った。



少女の全てを拝領した小さなネズミは、いつしか群れの中では、1番の体格になっていた人間のように2足歩行で立ち、体にローブを巻き顔隠しネズミたちを率いるリーダーとなっていた。

リーダーに率られる内に他のネズミたちもどんどんと体が大きく強靭になっていった。


いつしか人間並みの知性を得たネズミたちは、更なる力を求めたリーダーの指示によりある地域の廃村に眠る魔術物品の発掘に取り掛かった。

リーダーのネズミは、魔術知識の深淵に触れるたびに更に力を求める様になった、知識を得る為に人間達とも交流を持つようになり。リーダーのネズミは、人界に住む人間たちの間で、賢者と呼ばれるようになったらしい。


とある日、魔術研究の整理をしていた。ネズミは、ある思い出の物品を見つけることとなる。かつて自分に全てを与えてくれた少女の遺品である。髪飾りであった。

髪飾りにはラッチェと荒々しく掘られていた、それが名前なのかそれともただの単語なのか、意味は理解出来なかったネズミだが以降、ネズミは自身の名をラッチェと名乗るようになり、ネズミや人々の間では偉大なる賢者ラッチェと呼ばれ、その物語は小さな噂話や伝奇、歌、魔術書に幾度も現れ、しかしいつしか歴史の影に埋もれ消えていった。


今や、ネズミの賢者ラッチェの存在の証拠となるものは、彼の残した日記兼魔術書と灰色のローブのみである。


おわり



☆財団図書管理部職員が魔術書の精査をしたところ、魔術体系の特徴からケルト神話体系に属する在来の獣神性か在来の妖精種の血を僅かに引く末裔が本来のネズミの正体かと、人間の言葉もろくに理解できていなかった、殆ど唯の畜生が少女の肉を食べただけでここまでの力を得た経緯から察するに少女の正体は、ケルト神話体系に属する在来神性か強力な魔女の末裔かと考察されます。

そのため、常人のように理力を垂れ流さず体内に留めていたため、常人よりも健康で強靭な肉体であった様です。

ネズミの賢者は同族こそ異常進化させましたが、人間に対してはその能力を行使しませんでした。

やはりこのネズミは、異星由来の怪物であるΦ種の尖兵では無いと思われます。

また、後に、このネズミの賢者は人間の総数に対して敏感になり強い殺害欲求を持って例の呪術を行使していく様子から、在来のΔ種混沌の存在だと考えられます。

そして、この魔術書が出土した地域を改めて念密に調査しましたが、ネズミの賢者の痕跡は既に人界にはなく自身の領域である異界に引きこもってると考えられます、またこの魔術書がいきなり人界に出土した経緯から考えるに自身の領域をダンジョン化し、挑戦者を待っている模様です。


☆追記、周辺地域に住む10代前半の少女達が現時点で既に12人以上行方不明になっております。

恐らく「ネズミの賢者ラッチェの異界ダンジョン」に飲み込まれた模様。

異星由来の尖兵では無い為、少女達が授霊(じゅれい)化する恐れは無いかと。

しかし、混沌由来の存在である可能性が高い事から最低でも11人以上は確実に殺害される予想です。


異界が存在すると考えられる地域に複数名職員を待機させております。

状況に変化が起き次第、随時報告致します。

現時刻の資料精査内容は以上です。

失礼致します。


☆16日後の午前11時56分42秒ダンジョンの崩壊を確認。


☆灰色の獣の耳を持つ少女が崩壊する異界から出現、魔術行使による理力の完全制御が成されている様子や人間に対する加工繁殖欲求が見受けられない点から見ても彼女は異星由来の授霊では無く、在来種由来の精霊化(スピリチュア)だと思われます。

☆半年の経過観察の後、該当精霊を財団Δ部隊異能犯罪取締職員に任命するものとする。

生存した少女の名は「ハンネス=ラッチェ」

以上終了。


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