第23話
夜見は身を刻む激痛に耐えていた。
苛烈を極める戦闘の中で、決して浅くない傷を負わされてしまったのだ。
今は自己治癒で耐え忍んでいるが、それも直に限界に達するだろう。
夜見は夜空を睨む。
上空で羽をはためかせる異形。恋歌の、しかし明確に異なる存在。
特筆すべきはその速力だ。
その身の熟しは、「狐憑き」である夜見の運動性能を凌駕している。
本来の力を取り戻しつつあるのだろう。
その度に、恋歌の匂いが消えていくのを感じる。
「本当に損な役割、嫌になる」
兎にも角にも、先ずは相手の動きを止めなければ。
このままでは一方的に嬲られるだけで、勝機は見えない。
「思ったのだが、汝の力はどこかチグハグというか噛み合いが悪いというか。土地神・玉兎の加護を存分に受けれていないように思うのだが」
「そう?相方が不在だからかしら」
「あの小細工娘、か。アレは気が弱そうだからな。臆して逃げ帰ったのではないか?」
「失礼な、戦略的分担よ。アンタ程度、私一人で十分って話。それに‥‥あの娘はああ見えて一番おっかないわ。怒らせない方が良い」
黒い雪のように宙を舞う羽毛は、もはやお馴染みの矢撃である。
「そうか。存外舐められたものだ。ならば汝の悲鳴で呼び出すとしようか」
黒い瘴気が捻出され、羽矢が一斉に射出された。
夜見は素早く山肌を駆けるが、矢はまるで意志を持ったかのように追尾。
気づけば森に追い込まれていた。
既に殆どの木々が薙ぎ払われ森とも言えぬ荒野だ。身を隠すには心許ない。
と言うか不可能。故に、夜見は幻力を解放する。
その色彩は紫、ではなく夜見本来の幻力、深緑だ。
夜見の浄気に充てられた草木は、見る見るうちに成長し、ある形を形を成す。
夜見は更なる術理を発動する。
木の葉や木々を鋭い刃物に変える術理である。
周囲の小枝や葉がフワリと浮かび上がり、夜見の掌に集合する。
「木式・
夜見の号令に応じ、一斉に射出された。
それは羽矢に負けず劣らずの軍勢だ。
ガガガッと撃音を響かせ、羽矢の群れを打ち落とす。
夜見は次に備えた。
羽矢の次は決まって
さて、問題はどこから来るのかということだ。
夜見は五感を研ぎ澄ませる。
気配は──背面から。
夜見は身を翻す。
だがそこには何もない。ひらひらと羽毛が舞う忽然とした空間があるだけだ。
騙された、とその刹那。
「残念、此方だ」
天空から颯爽と降った
確かな手応えに、星霊は嘲笑を零す。
「よく戦ったが、これまでだ‥‥ぬぅ?」
だが、身体を抉られたというのに夜見は崩れない。鮮血もない。
抉った血肉は、木片と化していた。
そこに夜見の姿はなく、砕かれた丸太が転がっているだけだ。
「まさか、分身か!?」
不意に、
うねり絡まり蔦状の木鎖を形取る木々が、
「これは木式の、止縛術理かっ!」
潔く鎖に絡め取られ、そのまま強引に腕の弓で木鎖を叩き切った。
そして失望したように溜息を吐く。
「手癖が悪いと言うかなんというか、猪口才な。汝にまで小細工を使われては、いよいよあの若造しかまともなのがいなくなってしまうぞ?」
次の瞬間、「むぅ!!」と
鎖を通して身体に紫の呪印が浮かび上がったのだ。それは発疹のように瞬く間に腕から全身へと広がり。
「ぐっ‥‥これは!?」
木陰から夜見が姿を現した。
その手には、恒星の如く光を発する傘が握られている。
「呪式・断絶呪幻。アンタの運動制度を悉くそぎ落とす狐の術理よ。その様子だとご存知ないようね」
「なるほどな。幻力回路に作用し、滞りを作る術理だな。卑怯な手を」
肉体の運動精度を格段にそぎ落とされたと言うのに
構わず夜見は前傾姿勢をとった。
身体のバネを駆使し躍りかかり、戦傘を振り抜く。
「ズリャァア!!」
ブシュッと吹く鮮血と共に、
だが、胴を泣き別れにする一撃だったというのに、致命傷には至らない。
その奇妙な手応えに夜見は柳眉を潜めた。
そう、とりわけて硬いわけでもないのに、狐憑きの膂力を持ってしても薄皮程度しか裂けない。この違和感の正体はやはり。
「ねぇ。そっちこそ小狡くない?ダメージ低減なんて。それが黄道12星座の能力という訳?」
「もしや汝、我らの力を知らぬのか?現世の人類は大したことないな。汝らはもう少し歴史に励んだ方がいいな。その様子では我らの王の過去談もろくに知らぬのだろう?」
「無知で悪かったわね。こちとら普段は普通の学生をさせてもらってるのよ」
「ほぅ、それは奇遇だ。ならばここは一つ手向に手解いてやろう」
「かつて王は夜に願い、この地に星を下ろした。天から地に、本来空に繋ぎ止められていた猛獣を解き放った。そして我らが生まれた」
次の瞬間、夜見は自らの目を疑うことになる。
それは既存の知識では解釈できぬ現象だった。
術理が看破されてしまったことは確かなようである。
上空で矢を番え、冷たい殺気が夜見を射抜く。
鏃は容赦なく夜見を照準に納めていた。
「つまり、我らは存在そのものが星の呪いなんだよ」
その口角が、見慣れない歪みを見せた瞬間。
弦の緊張が解かれ、夜空を一条の光跡が裂いた。
それは矢撃なのだろうが、もはや光線にしか見えない。
防御か回避か。瞬きの間に問われる二択に、夜見は回避を選択した。
そしてどうやらその判断は正解だったようだ。
背筋が凍り付いた。
一矢を受け、大地は崩壊。束の間まで夜見がいた場所は、今や深い谷が覗いている。
「こんなの、防御どうこうの次元を凌駕してっ」
夜見は空を仰ぎ見る。
暗中、濡羽の翼をはためかせる少女。
その様は神話に語られる堕天使のようにも見え、
「ほら。呆けている暇はないぞ」
はためく大きな純黒の翼が、大振りに放たれた。
それはただの翼のむち打ちだ。しかし強力無比である。
夜見は前方へと転がり込み、辛うじて躱す。
それから反撃に転じようと立ち上がるが、しかし不意の頭痛が夜見を襲う。
視界が青く染まり、立ちくらむ。
「くっ、最悪ッ‥‥」
どうやら血を流しすぎてしまったようだ。
その隙を見逃してくれるほど、
双羽が、まるで鞭のようにしなり──夜見を横薙ぎに払った。
「がうっ‥‥!」
咄嗟に傘を食い込ませ直撃は避けたが、如何せん不完全な防御である。
夜見の身体は、まるでボールのように山岳地帯を激しく転がった。
このままでは崖に激突してしまうだろう。
幼少に叩き込まれた技術の随は、ほとんど自動的に損傷を抑える方へと起動。
狐憑きの身体は無意識に受け身へ転じていた。
傘の石突を地面に突き立て、衝突の衝撃を最小に抑え、すぐさま次なる戦闘に備える。
だがそこで夜見は眉尻を釣り上げた。
「もう、幻力が‥‥」
十五分。
彼女が単身で押さえ込んでいた時間である。
「勝負あったな」
周囲の木々は大方薙ぎ払われていて遮蔽物は愚か、術理を敷いたとしても役には立たない。星霊との死闘はこんな所にまで影響を及ぼしていたようだ。
つまり、万策尽きたのである。
夜見が、両手を広げつつ口元を緩めた。
「はいはい、降参降参。アンタの勝ちよ。けどね、人生とはそう甘くはないみたいよ?」
次の瞬間、
空間が大きく歪み、
時雨の十八番──不可視の斬撃である。
「ぐ、むぅっ!小僧かっ!」
「氷式・凍星落とし」
更に上空を見仰げば、山と見紛うほど巨大な氷塊が浮かんでいる。
それはなんと、
あれほどの規模の氷式を操る者を夜見は一人しか知らない。
最愛の二人の到来に、夜見の目尻が熱くなる。気を抜けば折れてしまいそうだ。
夜見は誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「遅いわよ、馬鹿」
※
岩ほどの氷に跨がった月美が、フヨフヨと夜見の付近に着地し、凄い勢いで此方に駆け寄ってきた
「夜見、平気!?」
「大丈夫」
「全然大丈夫じゃない!」
月美が慌てふためく。
確かに。きつく縛っていたはずの髪はバサバサに解け、隊服は血で滲んでいる。
しかし夜見は笑んだ。
「大袈裟、このくらい平気よ」
月美は息を呑んだ。
流石は夜見だ。
黄道一二星座の星霊をたった一人で抑え、無事生還するなんて、そんな芸当、夜見以外には到底真似のできないことだ。少なくとも自分には出来ない。
夜見だって女の子だ。痛かっただろうし、きっと怖かったに違いない。
なのに毅然としている。
そんな頑張り屋な所が、月美は堪らなく好ましいのだ。
思うやいな、月美はその腰に抱きついた。
「ちょ、ちょっと」
細く華奢な身体、血に混じった、優しい香り。夜見の匂いがじんわりと身体に染みて、ああ、と人心地。
「良かった。非常に生きてる」
「痛い。痛いわ、痛いって」
「でも大丈夫なんでしょ?」
「言葉を文面通りに取らないでくれる?」
と肩を叩いて月美を引き剥がす夜見の意識は、また別の所にあった。
その視線の先では綺麗な黒髪が夜風に靡いている。
「今は
月美としては今すぐにでも治療を開始したい所だが。
「ごめん夜見。もうちょっとだけ頑張ってくれる?夜見の力がどうしても必要なの」
夜見は微笑みを湛え「えぇ、余裕よ」と頷いた。
※
もはや荒野となった山岳地帯で、黒髪が二つ、揺らいでいる。
時雨は「へぇ」と自信に満ちた笑みを湛え、片手で木刀を担ぐ。
幻力を迸らせた臨戦態勢で、
「随分厳つい弓矢じゃねぇか。どっから取り出したか知らねぇが、それがテメェの装具ってわけだな」
「ご名答、これが射手座の装具、あるいは神器だ。覚悟しろ?主を穿つには十分すぎる威力だぞ」
「はっ。その程度で死ねるなら、いくらか気楽な人生だったろうな。だが生憎、その
「ほう。無駄なことを。ならば奪って見せよ」
時雨が敵愾心に満ちた笑みを浮かべ「上等だ」と木刀で虚空を斬った。
不可視の斬撃が飛ぶ。
斬撃と矢が正面衝突した瞬間、鼓膜を破らんばかりの轟音が響き渡り、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。
「くくっ!いいぞ、素晴らしい!!まっこと主は真っ向勝負だなっ!」
頭頂、背後、真正面。
時雨の繰り出す神出鬼没な鎌鼬を、
敢えて受けることはせず、避けたり防いだりしている辺り、今の
されど、時雨の攻撃では決定打にならない。
「奴を降すにはやはりこの大太刀しかない」
百道は木陰に潜み、機は時雨が必ず作ってくると信じ
しかし、幾ら時雨の幻力が膨大だと言っても、無限ではない。
恋歌や外を守る星滅隊の事を思えば猶予はもう間もなくだ。
長期戦になればなるほど此方が追い込まれる。
それを分かっているのか、時雨の表情にも陰りが見える。
百道は顔の汗を拭う。
「急げ時雨、残された時間は僅かだぞ」
「ほら、肩の力抜きなさい」
百道の肩を叩いたのは夜見だった。
夜見は百道から少し離れた位置に屈み、隠形で潜む。
そこが配置のようだ。
血や汚れに塗れた夜見を見て百道は「すまない」と詫びる。
夜見は首を振る。
「こういう役回りだから。それよりも、修行の成果、でればいいわね」
夜見は微笑んだ。その笑みはどこかあどけなく、年齢相応のものに思えた。
百道は視線を戦場へと映した。
そこでは時雨が腕を突き出し、水弾を噴出していた。
高圧の水流がレーザーの如く直線に伸び上がり、
「火式に次いで水式とは、なんと多才!だがこの程度で──ん?」
その時既に、時雨は遙か上空にあった。
空中で器用に前傾姿勢を取り、狙い澄ました木刀を振り下ろした。
一度じゃない。時雨は幾重も虚空を斬る。
間髪入れず、伴い夥しい量の鎌鼬が地上に降り注いだ。
「素晴らしいっ!」
初めこそ驚異的な身体能力で回避した
途端、その頭頂に薄い障壁が形成される。
その障壁は傘のような形状を取り斬撃の雨を防いでいる。
「が──有象無象で我は倒せん」
その瞬間、夜見が隠形を解除し、飛び出す。反対の月美も同じだ。
「合わせて!」
「接近戦はあんまり得意じゃないけどっ!!」
月美は背後から、夜見は正面から、阿吽の呼吸で
咄嗟のことに、流石の
その隙を見逃す二人ではない。
「「せぇ、のっ!!」」
二人の戦傘が
「ぐくっ!?」
それから続くはあの男だ。
怯んだその一瞬を狙い空から降ってきた時雨が「そらぁっ!!」と木刀を叩き込んだ。
時雨が
右を時雨が、左を夜見と月美が押さえ込み、
「「「今だ!!」」」
満を持して、百道は
大太刀に、全霊の幻力を収斂する。
「これだけお膳立てしてやったんだ。ミスったら承知しねぇぞ」
「しっかり決めなさい」
刀身内部が熱く滾っている。その表面では高密度の幻力が硬質化を開始していた。
装具が新たな武具へ昇華を始めたのだ。
変形に伴い、大太刀を通して百道の中に力が流れ込んでくる。
その力は微塵も反撥することなく百道を抱きしめ、装具との術理的な接続を可能とする。
まるで百道自身が一つの装具となったようだ。
これこそが幻装なのである。
次の瞬間、百道の手には金色に輝く、洗練されたデザインの大太刀が握られていた。
「小僧、がっ」
「恋歌を返して貰うぞ」
百道は地面を蹴り走った。
その手の幻装で
「むぐぅ!」
とくぐもった悲鳴と、鋼鉄を打ったような硬い音が鳴る。
百道は構わず返す刀を振るう。
「一撃で屠れないのならば、何度でもいい。恋歌を取り返すまで何度も。取り返すまでこの手は止めない」
百道はひたすら大太刀を打ち続けた。
打ち付ける度に、鮮血が散る。
射手座が呻きを溢す度に、大太刀に赤い幻力が宿っていく。
その度に、恋歌を感じる。
そうやって。そうやって。そうやって──そうすれば。
「無駄な、事を‥‥ぐふっ。この娘は、既に死んでいる」
恋歌の皮が、血を零しながら、そんなことを言う。
「巫山戯るな」
「あの女は、戻ってこない」
百道は、恋歌を取り返せると信じていた。
だが、剣を打ちつけるたびに、覚めるような感覚が脳裏を通過する。
百道は慟哭する。
「あの女の魂は、もうここにはない」
「黙れっ!!」
頭では分かっている。
恋歌はあの瞬間に死んだ。現存するのはただの残り火だ。
百道の行為は、遺灰をかき集める行為に違いない。
そんなことはとっくに分かっている。
「貴様に言われなくとも、そんなこと、とっくに分かってるんだよっ!」
「ぐふっ!!」
ついに、大太刀が奥深くに突き刺さった。
生々しい感触が伝い、大太刀の刀身が胸に浮かんだ星座紋を貫いていた。
「ぐぅ‥‥くく、くくくっ。これで、満足か?これで貴様も人殺しだな。復讐が果たせて満足か!?」
「違う。そんな理由じゃない。俺は、嘯いてでも恋歌を取り返す。そのために奔走する。俺はただ彼女を‥‥」
「く、はははっ!お前は馬鹿かっ!?そんなこと、無理に決まってるだろう!?」
愚弄するような嘲笑に、百道は僅かな期待を込めて問う。
「もう、決めたんだ。そんなことよりも、まだ死なないのか?」
「我に死はない。例えこの星座紋を壊されても、この不死の器がある限り我にしはない」
百道は俯いた。
百道には責任がある。星祓隊士としての義務がある。
──だから、なぁ、頼むよ、本当に。
これで死んでくれたらどれだけ良かったことか。
取り返したかった。
彼女を取り返して、またあの日々を送りたかった。
抱きしめて、ちゃんと思いを伝えたかった。
話したかった。
黄道12星座・
コイツのせいだ。
コイツを殺さないかぎり、この街に平和は訪れない。
コイツを招いたのは百道の責任だ。百道には平和を取り戻す義務がある。
平和を守るために、百道は恋歌の肉体を壊さなければならない。
だから殺さねばならない。殺さなきゃいけないんだ。
百道は歯を食いしばった。
「なんで、こうなるんだよ‥‥」
その頬から水滴が垂れ落ちる。
──百道さん。
すぐ隣で声がした。鳥の囀りのような囁く声。
幻聴ではない。その声を聞き紛うことはない。
百道の瞳には紅蓮の少女が見えていた。
『やあ、久しぶり。ううん、さっきぶりかな』
燃える紅蓮の髪に、瑠璃のような瞳は蒼穹のように深い。
その鮮烈な双眸が真っ直ぐ百道を見据えている。
その背にはまるで朱雀のような一対の翼をはためかせている。
「その姿は、朱雀の」
『うん。そう。土地神様の力』
懺悔するように恋歌は呟いた。
『隠しててごめん』
「いいや、気にしていない。巻き込んだのは俺の方だ」
『違うんだ。これは全部、私の責任なの。私の中に馬頭丸が居ることは薄々分かってたんだ。けど、のうのうと生きていた。本当にごめんなさい』
深々と頭を下げる恋歌。
その肩は震えていた。
あぁ。彼女はどれ程の辛さを抱え込んでいたのだろう。
自分ではどうしようもない現実と向き合い、身のうちに潜む怪物を押さえ込み、一人藻掻いていた。
自分は少しでも、彼女の重しを軽くすることが出来たのだろうか。
「恋歌、言いたいことがある」
恋歌は分かっていると、少し困ったように頬を掻き、天命を享受するよう笑んだ。
『うん。どうぞ。覚悟はできてるから』
それは彼女の本当の笑い方じゃない。
花がこぼれるように笑み、歌う鳥のような声で誰も彼もを虜にする──それこそが恋歌だと百道は思う。
「そうか、ならばやりやすい」
百道は真っ直ぐに告げる。
「俺はお前が好きだ」
『え?』
恋歌は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような、唖然の表情を浮かべていた。
『えっと。百道さん?藪から棒にどうしたの?こんな時に冗談なんて、らしくないよ』
「冗談などではない。俺は本気だ」
再び恋歌は目をぱちくりとした。
『えっと?』
「いや。だから、俺はお前のことが好きだって、そう言ったんだ。つまりこれは、その、何というか、告白という奴だ」
『それは友達として?』
「異性としてに決まっているだろ。そこまで疑われると逆に心外だが」
恋歌がしどろもどろに言う。
『だ、だって、生まれてこの方一度もモテた事なんてなかったし、それに全然素振りもなかったし』
「寧ろ好意丸出しだったと思うが」
『いやいや。だって、お祭りだって私が誘わなかったら連れて行ってくれなかったでしょ、デートの定盤イベントなのに』
「それはすまない。生まれてこの方修行ばかりで、行事毎に疎いんだ」
『浴衣だって褒めてくれなかったし』
「それは違う。似合ってるって褒めたろ」
『いやいや、あんなとってつけたみたいなの、ノーカンだよ』
必死に首を振る恋歌。目を丸めたり、慌てたり。
困ったな。コロコロと表情を返る彼女が何というか。
「ふふふ」と百道は笑む。
『‥‥何がおかしいのかな?』
「いや。やっぱり好きだなと思ってな」
すると、ぼひゅんと恋歌が朱色に染まる。耳まで茹蛸。彼女の赤髪よりも赤い。
「そもそも、俺は忙しいんだ。理由もなく女の元に通うなんてあり得ない。もう分かっただろう?俺はお前のことが好きなんだ」
『うぅ‥‥百道さんの癖に。朴念仁だと思ってたのに色魔だったなんて』
「誰が色魔だ」
『じゃあ変態』
「酷い言い草だな」
その時唐突に恋歌の身体に亀裂が生じた。
次いで像が崩れ、明滅し始める。
恋歌は天命を悟ったように笑んだ。
『宴もたけなわです』
それから態とらしく咳払い。
『百道さん告白ありがと、後はお願いね』
本来、星霊は
だが
もはや取れる手段は一つしか無い。
「他に手はないのか」
すがるような思いで呟くが、恋歌は首を横にした。
『無理なんだ。私の魂の居場所はどこにもない。心臓も潰されちゃったしね。今は土地神・朱雀が繋いでくれてる状態。年代物で癒着が強いんだって。けど。それももう限界』
百道は絞り出すように言った。
「初恋、なんだ」
すると恋歌は困ったように、
『私は、違うけど』
「そ、そうか‥‥」
予想外の返答に、百道は思わず固まった。
恋歌はちゃめっ気な笑みを浮かべ、
『嘘嘘、冗談。ちょっと揶揄っただけ』
「‥‥酷い冗談だ、一生引きずってしまぞ」
百道は片目を覆った。
『それはちょっとだけ嬉しいけど、辞めて欲しいな』
恋歌が百道の手を触った。
『ねぇ百道さん。私、この時代でよかったよ』と囁く。
百道は泣きそうになった。
その言葉は、百道のずっと欲しかった言葉だった。
『皆、親切だったし、お祭り楽しかったし、何よりも百道さんに会えた。だから、ありがとう。恋歌は幸せでした。だからこそ、誰にも死んで欲しくない。夜見ちゃん、月美ちゃん、アザミさんに。それと、ちょっと抵抗があるけど時雨さんも。皆のためになるなら、命も惜しくない』
百道は絞り出すように訊く。
「花火はいいのか?」
だが現実は甘くない。
『いいの。もう充分堪能したから。それにね、百道さん』
恋歌は想いを馳せるように目を細めた。
『私は死なない。身体が滅んでも、私は百道さんの傍に居る。百道さんの隣で生きていくよ』
そう言い残すと恋歌は踵を返した。
揺れる紅蓮の髪が、遠のいてゆく。
悪足掻きだとは分かっても、百道はその腕を掴まずにはいられなかった。
「待ってくれっ!」
振り返る恋歌の双眸は、涙で溢れていた。
『もう、仕方が無いなぁ。やっぱり百道さんは、駄々っ子だね』
百道の指に、恋歌の指が添えられる。
恋歌の像が淡く弾け、光の粒となって溶けるように百道に混ざる。
魂が重なる。共鳴する。
二色が溶けて、混じり、高め合い、百道の中で等比級数的に増幅していく。
──行くよ、百道さん。
体の内側から声が響いた。
託されたものを胸に抱き、百道は頷く。
「ああ、ここで全て終わらせる」
停滞した時間が動き出す。
大太刀が煌々と太陽の如く眩い光を放った。
「ぬぐぅ!?があぁっ!」
胸を貫く大太刀から広がる幻力の、その爆発的な膨脹に悲鳴を上げているのだ。
「ぐはっっ!よせっ、小僧っ!!」
ガシ!ガシ!ガシ!!
激しく暴れる
「──や、めろぉおっ!!」
「うぉ、おおおおおおっ!!!」
百道は叫んだ。
百道と恋歌、二人の全霊の一撃は──色の垣根を越え──目を灼かん輝きを放った。
その威力は術者数十人規模の大術式をも凌駕するだろう。強力な幻力の波動が生じ、
恋歌の肉体に残留した再生能力もこれでは焼け石に水だろう。すでに頭部の殆どが消し飛び、胸は大きな風穴。星座紋は粉々に粉砕されている。
その圧倒的な力は射手座という星禍を存在ごと葬り去るに違いない。
最期。
混濁する意識の中で
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