第49話 会いに向かう

 エンテムへとレウテアに接近まで、約4日掛かる。それまでに地脈へと誘導しなければならない。幻獣調和団の中隊は二手に分かれ、エンテムへと迫る竜の対処する小隊、レウテアを誘導する小隊と編成が成された。カルアとルクスエの2人は小隊に加わり、エンテムを離れ、レウテアの元へと共に向かう。

 2時間ほど走竜に乗って草原を進むと、カルア達は休憩を取る。その時、タイラーの元へと伝書竜が丁度良く到着する。大型の猛禽類ほどの大きさの飛竜の首には、紐で括りつけられた筒状の容器がぶら下がっており、タイラーその中から手紙を取り出した。


「地脈の蛇行しているため、レウテアとの距離がさらに離れたそうだ。作戦中は長い距離を走りながらの戦闘が発生する。今は体力の消耗を抑えながら、無理せず進もう」


 途中で竜と遭遇する危険性も考慮し、タイラーは小隊の皆に向けて言った。

 昼時ともあって、隊の食事係が焚火を起こし、料理の支度を始める。


「地脈の力って貴女達しか分からないんですか? 感知出来たら、研究に役立ちそうです」

「エルフの年長者に聞いてくれ。灯の子の力は一部では神通力と呼ばれ、修行次第で会得できると聞いた事があるぞ」

「神通力ですかー。エルフと枝分かれした長命種が使うと耳にしましたが……修行するなら、その時間を研究に費やしたいので辞めます」

「諦めが早いな」


 シャーロットとロックが談笑する傍ら、カルアは健康状態を確認するようにリシタの顔を撫でる。


「足は痛くない? 平気?」


 問いかけると、大丈夫と言うようにリシタは喉を鳴らした。

 この大所帯に緊張している様子もなく、至って穏やかだが問題が一つある。


「わっ、や、やめて」


 リシタが覆い布を被るカルアの姿を見ると、器用に口先で外そうとするのだ。布を頭から外せば直ぐに悪戯を辞め、こちらを興味深そうにじっと見てくる。

ラダンの旅路やエンテムの生活では一度も無かった行動に、カルアは困っていた。


「外して欲しいんじゃないか?」


 声を掛けたルクスエの手には、野菜と肉の炒め物と異国のパンが盛られた皿がある。


「走っている時に、落として失くしてしまったら大変だからな」

「ですが……」


 昼食が盛られた皿を受け取りながら、カルアはその意見を上手く受け入れられなかった。

 外から来た人々とって、忌み子の色は珍しくとも恐れの対象はないので、隠す必要はない。リシタでの走行中に落してしまうだけでなく、竜に奪われ、大事な布が破れてしまう恐れがある。それはカルアも分かっているが、傍にないと不安が募り、落ち着かなかった。


「それなら、肩にかけるか腰に巻いて結んで、その上から羽織を着てみるのはどうだ? 結び目が解けても、簡単には脱げないはずだ」


 顔に出ていたのか、ルクスエはそう言ってその場に腰を下ろす。


「リシタがそれで悪戯を辞めてくれたら良いのですが……」


 幻獣調和団の誰かに預かってもらうのではなく、身に付ける提案をしてくれた事を嬉しく思う。表へと素顔と髪を晒すのは怖いが、ルクスエの傍ならとカルアは自分に言い聞かせた。

ルクスエの隣にカルアは腰を下ろし、膝の上に皿を乗せると、試しにさっと肩に布を羽織る。周囲の人々は、カルアが自らの色を晒しても気に留める様子はない。

 これなら、どうだろう。そう2人は思いながらリシタを見る。彼女は興味深そうにじっと見つめながら何度か首を傾げる動作をし、布の先を軽く口先で加えては離し、最後にはカルアの横に座った。


「これなら許してくれるそうです」

「良かったな。その着方も良く似合っている」

「ありがとうございます」


 微笑みながらルクスエが言うと、カルアも嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。


「……異国の人にとって、私の色なんて少し珍しいだけのモノなんですね」


 異国の丸いパンを手に取り、カルアは言った。


「そうだな。俺も特に気にされなかった」


 赤毛と呼ばれる明るい赤茶色の髪とは違い、ルクスエの髪は赤みのある黒だ。カルアとは別の意味で珍しく、エンテムではルクスエ1人なので、訊かれるかと思ったが何もなかった。ただ当然の様に受け入れられていた。


「ここの人達は、世界の色んな場所に行って竜達を調査している。それと同じ位に沢山の人達をみている。俺達の暮らす場所は広いが、きっと狭いんだろうな」

「はい。本当に……狭い世界だったんだと思います」


 カルアはそう言って、パンを半分に割った。

 やがて昼食を終え一息つくと、再び移動が開始される。

 空には雲一つなく、風も穏やかだ。レウテアが地脈から離れているおかげで、異常気象や災害が発生しないのだろう。しかし、時折見かけた野生の走竜や草食竜の群れは、どこか落ち着かない様子で周囲を警戒していた。

レウテアが地脈の上を進まれてしまえば、天変地異や異常気象が起きてしまう。ならば、このままエンテムから逸らしつつ、地脈に誘導しない手もあるのではないか。

 そんな考えも出てくるだろう。

 しかし、人の存続の為だけに、レウテア達の命の営みを潰してはならない。

 地脈への働きかけが不十分となり、レウテア達の繁殖に支障が出る可能性がある。400mを超す巨体の竜だ。雛が巣から飛び立てるまで成長するにも、数十年は掛かるだろう。雛へ充分な餌を与えるには、肉食、草食どちらにしても、豊かな土地でなくてはならない。

 溜まり場が繁殖地として不十分と見なされた場合、次は何百年後になるのか。長命であるレウテアであっても、寿命は存在する。彼らの種の存続のためにも、地脈への誘導は絶対に必要なのだ。


「よし。今日はここまでにしよう」


 夕暮れに迫り、旅人や行商人の為に残された空き家で小隊は一晩を過ごす事を決める。外観は古び、扉の立て付けが悪くなっているが、定期的に商人達が使っているからか室内は思いのほか綺麗だ。

 タイラー含め隊員達はルクスエ達に室内で眠る様に勧めたが、2人は断り、ロックをはじめとする非戦闘員に譲った。ならば引き連れている竜車の中で眠ってはどうか、と提案がされる。野宿でも大丈夫な2人であったが、心配する周囲に根負けし、言葉に甘えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る