第48話 人々は彼らをそう呼んだ


「すいませんが、灯の子とはなんですか? 教えてください」

 間を取り持つようにルクスエはシャーロットに問う。


「地脈エネルギーを引き出し操る幻獣の生息域に、稀に産まれる特異体質の生物を指す名だ。地脈を燃え盛る炎と例えるならば、私達は幻獣によって溢れた小さな火を体に宿した存在だ。地域差はあるが特異な色と、我々は君達の知る逸話のような力を持ち合わせている」


 力には未知の部分も存在するが、幾つか解明されている。

 一つ目は身体能力の向上。傷は治り易く、病気は早く治り、身体は並の人よりも丈夫な作りをしている。千里眼や未来予知が出来る者もいたとされる。

 二つ目は対象物への干渉。主に浮遊などの移動や、動きを束縛することができる。また、傷の治癒や解毒が出来る者もいれば、手の平から炎や光の玉を生み出す者もいた。

 三つ目は幻獣への干渉。幻獣に呼びかけや誘導ができ、こちら近づけさせない事も出来る。中には幻獣の感情や意志を読み解ける者もいるとされる。力には個人差があるため、呼びかけに応じてくれる幻獣の分類も異なってくる。


「名前の由来は、はるか昔に竜の襲来を予見した子供が暗闇を松明で照らしながら、村人と一緒に逃げたかららしいですよ。現在は色々と解明され始めて、地脈エネルギーを引き出す竜の能力が灯の子に宿る事例も出てきました。大まかには三つですが、其の人独自の力もあってかなり細分化されます」


「力を操る為の訓練を受けなければ、無意識に使ってしまいやすい。未知のものを人が恐れるのは仕方のない事だ。何らの力の発現を目撃されたか、利用され使い捨てられたか……自分自身への恐れと周囲からの迫害によって精神が限界に達した忌み子と呼ばれた人々は、力の制御が効かなくなった結果暴走し、災いとなったんだ」


 流行り病の蔓延などのいわれなき罪を押し付けられ、悪だと決めつけられ、不当な扱いを受ける。力を利用しようと、洗脳や調教を行おうと企てる悪人もいる。

 逃げても同じことの繰り返しならば、いっそのこと……

 小さな火種は、一面に広がる草原を燃やす炎になりえる。はじめて会ったカルアは、死を恐れていなかった。なにかをきっかけに力に溺れていれば、とルクスエは心がざわついた。

 無下に扱わず、人として接することが最良であるが、たとえ知識のある国であっても彼らを特別視しない事は困難だろう。


「……貴女達の国では、忌み子はどう呼ばれていたんですか?」

「私の母国の場合は、聖女や聖人なんて呼ばれている。祀り上げられた挙句、神殿から一歩も出られなくなるんだ。力ある者にはそれ相応の義務と責任はあるが、籠の中の鳥なんて生きていないのも同然だ」


 苦悩を物差しで測ることは出来ない。受け止める器は、人によって大きさが異なるからだ。だが、幼き頃より限りある空間に閉じ込められては、投獄されるも同じだ。

 シャーロットも、そうであったのだろう。苦笑しつつも、声音はどこか懐かしんでいる様だった。


「灯の子について教えていただき、ありがとうございます。今回のレウテアの経路のずれは、カルアの力に原因があるのでしょうか?」


「手を握った感じでは、確かにカルアくんの力は相当なものだが」

「えっ、シャーロット達第一班10名と現在誘導を試みる第二班の6名。計16名分の力があるのですか!」


 ルクスエの問いに答えようとしたシャーロットを遮り、ロックは興味を示す。


「いや、流石にそこまでは……」


 否定をするシャーロットであったが、好奇心旺盛なロックはカルアに詰め寄ろうとする。すぐさまルクスエに止められ、少しくらいと不服そうなロックをリシタが口先で軽く突いた。


「イヴェゼの話からして、カナヤダンティアはもう巣に居ない。しかし急な巣の放棄であったため地脈の力を吸い上げた際に出来る〈穴〉だけが残り、今なお塞がってはいないのだろう。カルアくんは灯の子であるだけでなく、竜と接触した経験ある。これまでの灯の子と幻獣、そして地脈の力の関係性から、穴が塞がらない限り鎖の様に繋がっていると考えられる」


「なるほど。簡易的な地脈が出来上がっていると……穴を溜まり場とレウテアが誤認したなら、その個体は相当若く……」


 助け舟を出すようにタイラーが言うと、納得した様子でロックは内ポケットから手帳を取り出し、手元にある情報から仮説を書き始める。


「隊長。彼は誘導作戦に加わるべきです」


 シャーロットの問いに、タイラーは迷いが生じた。

 この地の地脈の上は多数の竜の生息域になっているおかげで、人の居住地は存在しない。エンテムの周囲と地脈の距離の間に町や村はなく、レウテアを誘導できれば最小限の被害で治まる。

 しかし、訓練を積んでいるシャーロット達と彼女達の騎乗する走竜と違い、カルアとリシタは未経験者だ。カルアは灯の子の力がある以上、耐性のある走竜が好ましく、別を宛がうのは難しい。また、隊を組めてもレウテアと共に来る竜達に動揺せず、一人と一匹に走りきれる体力があるのか不安だ。


「参加します」


 タイラーよりも先に口を開いたのは、カルアだった。

 迷いのない言葉に、ルクスエを除く面々は驚いた。


「本当に、大丈夫なのか?」

「はい。リシタはラダンからここまで走れる持久力がありますし、とても賢いですから。この子がいれば、私は平気です」


 確認するタイラーに向かって、カルアははっきりと答えた。先程まで怖がって人見知りをする姿とは打って変わり、覚悟を決めた芯の強い顔つきをしている。


「エンテムの方々にはお世話になりました。恩を返さなければなりません」

「俺も加わりたいです」


 カルア1人に背負わせず、共にいると決めたルクスエも参加の意思を示す。


「あぁ、もちろんだとも。エンテムの赤き戦士が来てくれるならば、心強い」


 タイラーは快く彼の参加を受理する。

 その時、バキッ、バキバキッと木の板が割れる音と〈また壊された!!〉と誰か悲鳴が響く。何事か、と音のする竜小屋を見れば、ルクスエ達の元へ勢いよくアレクアが一目散に走って来る。


「うわっ!?」

 アレクアはルクスエへとじゃれつくように顔を強く擦りつける。


「わ、わかった。おまえもやる気なんだな」

 首筋を撫でると、アレクアは機嫌良さそうに喉を鳴らした。


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