第14話 草原
昼食の用意や湯飲みなどの食器、非番ではあるが剣と弓、矢と矢筒と、準備を終えたルクスエとカルアは、町の西側にある草原へとやって来た。
青空が広がり、綿のような雲が浮かんでいる。穏やかな風は頬を撫で、草原は静かに揺れている。
走竜に乗って周囲を見回っていた若い戦士が、ルクスエに気付き、挨拶をしようとした。
「おーい! ルクス……エ……」
荷物を背に括り付けているアレクアの後に、青い走竜が待機している。その上に騎乗するのは、見覚えのある布を被った青年だ。戦士は顔を強張らせ、焦るの色が浮かぶ。
「お、おい。つ、連れ出して、大丈夫なのか?」
「俺が傍についている。カルアは俺の所有物なのだから、連れて来ても問題はないはずだ」
「そうだけどさぁ、あとで年寄り連中がうるさいぞ」
しかし、自分の親世代、その上の世代の権力は大きく、若者達はなかなか頭を上げられない。できるだけ穏便に済ませた方が、お互いの為だと戦士は思う。
「その時はその時だ。リシタはそろそろ走らせてやらないといけないし、カルアも家にいてばかりでは息が詰まってしまう。外の空気を吸わせてやらないと」
「そうだけど、そうだけどさぁ」
少し肉付きが良くなったリシタを見て、戦士は悩ましげに唸った。
この若い戦士自身、忌み子に対してあまり良い感情を持っていない。しかし、ルクスエの思いは尊重してやりたいと思っている。
見張りと竜との戦いばかりで、ルクスエは日頃から人と距離を取りがちなところがある。そんな彼との交流を持つきっかけを生んだのは、忌み子であるカルアとその愛竜であるリシタだ。
怖がる相手の心を開くには、どうすれば良いのか。身体に良い薬草はあるのか。よく眠れるようになるには、何が効果的か。痩せた走竜に何を食べさせたら、健康に太るか。
そんな相談をルクスエは戦士たちに聴いて回っていた。余りの変わりように、最初は忌み子に騙されているのではないかと心配になったほどだ。
こうして結果が実を結んでいるのだと目の辺りにし、協力してやりたいが、しかし、と複雑な感情が胸の内に入り混じる。
「あー、もういいや。周りがうるさくなる前に、帰れよ?」
柔軟に見えて、かなり頑固なルクスエを止める事は出来ない。さっさと諦めた戦士は、自分の持ち場へと戻って行った。
「仲間想いの方ですね」
「あぁ、良い奴だと思う」
彼を見送った2人は、2匹を草原で思い切り走らせやろうとした。
けれど、
「……リシタは走らないな」
「はい。今日は走る気はないようです」
カルアは足でリシタのお腹を優しく圧迫し、走る様に何度か合図を出したが、リシタはトコトコとのんびり歩いている。それに対してルクスエの乗るアレクアは、合図を出せば直ぐに走り出し、一人と一匹の周りをぐるりと大回りした。
走竜は馬同様に、4種の走り方が存在する。常歩、速歩、駈歩、そして襲歩だ。
人の歩行で例えるならば、常歩は歩き、速歩は早歩き、駈歩は文字通り、襲歩は全力疾走と言える。走竜によって指示をされても得手不得手があるものの、状況に応じて使い分けられように、一通り訓練を行う。
以前、旧見張り小屋の周りを一周させた時は、きちんとカルアの合図通りに走り、ルクスエは感心した覚えがある。久々の草原に、カルアを守ろうと警戒心が湧いたのだろうか。
「思う通りに歩かせます」
「そうだな。広い草原を歩くだけでも、気分転換にはなる」
ルクスエの乗るアレクアは、まだ走り足りない様子で、蹄で地面を蹴った。
「おまえは全く……少し周って来るから、散歩をしていてくれ」
「はい。いってらっしゃいませ」
合図を出すとアレクアは一目散に走り出す。アレクアの背にはルクスエが乗るだけでなく、昼食や茶器などの荷物が背負われているが、それを感じさせない程に軽快で颯爽としている。あっという間に小さくなったかと思えば、直ぐにカルアの元へと戻って来た。
休憩する間もなく次は西へ、東へと方角を変えて、思う存分走る。
太陽に照らされ、キラキラと黒い鱗と羽毛が輝きを放っている。
そして、ルクスエの横顔もまた生き生きと輝いている。
「きれい……」
生命力に溢れるその姿に、カルアは見惚れた。
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