1-7 襲撃者

 所戻って幸助のいる病室。嵐のように過ぎ去っていったランに翻弄されて疲れている彼の所に、ソコデイとアーコがいる病室に行っていたココラが戻ってきた。


「ココラ! どうだった、あの二人は」

「大丈夫。二人ともコウスケよりも元気そうだったよ」

「そっか、良かった……」


 彼女が部屋に入って最初に他者のことを心配する幸助。これこそ彼のお人好しを示している。ココラはそんな彼に思うところがあった。

 ココラがさっきまでランが座っていた椅子に腰掛けると、真剣な瞳で彼を見て来た。


「コウスケ、ちょっといいかな?」

「ん?」


 ココラの改まった態度に幸助も影響されて構えてしまう。


「どうしたんだ、ココラ? そんな真剣な顔をして」


 幸助が気になって聞いてみると、彼女は正直に答えた。


「ごめんなさい。さっきの話を聞いてしまって……」

「さっきのって、あのランとか名乗ってたやつとのか?」

「はい……それで、幸助に渡したいものがあって……」

「俺に?」


 ココラが包み込むようにしていた両手を広げると、目に見えた物体に幸助は驚いた。


「これは!」


 ココラが見せてきたのは、先程ランが彼に見せてきたものとよく似た結晶だ。しかし彼のものと違って赤く輝いている。


「受け取って。合っているのかは分かりませんが……これ、突然消えた貴方を捜している最中に魔王城で見つけたんです。

 自分でもなぜだか分からなけど、そのままにしておくのはいけない気がして拾いまして」


 ココラは石を掴んだ右手を伸ばして幸助に手渡そうとするが、彼はその事に困惑する。


「待て待て、それをなんで俺に? 自分で言うのもなんだけど、俺は今怪我人だ。回復しているココラが彼に渡した方がいいんじゃ……」

「それじゃ、意味がないの」


 幸助はココラが小さくこぼした言葉に何か含みを感じたが、発現する前にココラから有無を言わさずに自身の持つ石を渡された。

 今の自分にこんなものを渡されても仕方ないと困惑してしまう。


「えっと、俺はこれをどうすれば?」

「それで幸助が彼を交渉して、上手くいけば貴方は」


 ココラが肝心なことを言いかけたとき、二人の会話に水を差す大声が割って入った。


「勇者様、大変です!」


 病院の看護師が突然部屋に飛び込んで来たことでまたしても話が切られてしまった。看護師の表情はココラ以上に鬼気迫っている。


「どうしたんですか?」


 反射で問いかける幸助に看護師は息切れを押し切って単刀直入に伝えた。


「お仲間の姿が消えました!」

「「ッン!?」


 看護師の台詞に二人は言葉を失った。だがコンマ数秒で居ても立ってもいられなくなった幸助は、怪我が治りきってない身体を押してベッドから立ち上がろうとした。

 ところがココラがそれを止め、幸助はベッドに拘束される。


「ココラ」

「ダメです」


 看護師は二人の意識が自分に向いていない隙に左腕の服の袖を巻き、隠れていたブレスレットを出現させる。これに気付かずココラは詳しい話を聞こうと振り返った。


「あの、もっと状況を詳しく!」


 そのとき、看護師はブレスレットの装飾から青白い光線を放ち、命中させたココラをその場から消滅させてしまった。


「エッ?……ココ……ラ?」


 コウスケはココラが突然目の前から姿を消した事態に動揺し、思考が止まってしまう。その隙に看護師は幸助に腕を向け、ココラにやったのと同じ光線を仕掛けようとした。


 ところが次の瞬間、窓から槍のようなものが入り込んで看護師に向かった。彼がかわすと、槍は後ろの壁に突き刺さった。


 その場にいる二人が揃って槍が飛んできた所に注目すると、窓の外から飛び込むようにランとユリが現れた。今度の彼はまた例のローブを着ている。


「よっと……」


 看護師は彼の姿を見た途端に警戒するように顎を引き、その場から後ずさった。

 すると看護師の背後の空間がサイクロプスの出現時と同様にヒビ割れ、彼は即座に飛び込んだ。ランは追撃しかけるも間に合わず、裂け目は修復して元に戻った。


「チッ、逃げ足の速い」


 再び起こった嵐のような出来事。それも今度は仲間が消えてしまったこともあって幸助の焦りはより大きくなり、壁に刺さった槍を抜こうと歩くランのローブの袖を掴んで止めてきた。


「待てっ、お前、アイツのことを知っているのか? ココラは! 皆はどうなったんだ!?」


 ランはそんな彼を鬱陶しく思い、ローブを強く引っ張って手を放させる。

 そこからランが少し歩いて槍を抜き左腕に近付ける。槍の形は変形してブレスレットに戻った。


 ランはまた幸助に何も言わず、今度は廊下を歩いて病室から離れようとした。だが幸助は当然これをそのままには出来ず、無理に立ち上がり追いかけた。

 ところがやはり疲労はある。注意が散漫になっていた幸助はベッドの足につまずいてにその場で倒れてしまう。


「待てっ!」


 見かねたユリはランの肩の上から降りて幸助の元に駆け寄った。


「ユリ」


 彼女が動いたことにランも仕方なさそうに幸助の元に行く。そのとき、幸助の握り絞めていた右手が緩み、中に隠されていた結晶がランたちの前に姿を見せた。


「これは、おいおい……」


 ランが宝石を手に取ろうとすると、幸助はそれに気付いて拳を閉じて邪魔をする。


「お前……」

「これが欲しいなら、話してくれ! お前の知っていることを」

「やだ」


 素っ気なく返事をし、ランは幸助の握り絞めている指をこじ開けようとするが、怪我が治りきってないにもかかわらず、彼は力強く抵抗して石を取らせなかった。

 何度か試したものの全く手は動かず、埒が明かないために根負けしてため息をついた。


「ハァ……お前、さてはわざと見せてきたな」


 幸助は顔を上げ、ランにその真剣な眼差しを見せた。ただでは渡さないという強い意志を訴えているのだろう。


「また奴が病院のスタッフに紛れ込んで襲って来るかもしれん。話がしたいのなら外でやるぞ」


 ランは幸助の身体を米俵を抱えるような持ち方で右肩に上げた。一応の護身のため剣は持たせているが、こんなことをされて彼の体はくの字に曲がってしまう。

 ランはこれを一切気にせず左肩にユリを乗せ、また窓から病院を飛び出していった。



______________________



 人間とは思えないような大ジャンプを連続し、屋根の上を飛び越えるラン。時間短縮もかねてその状態のまま彼は幸助に話し出す。


「単刀直入に言う。昨日の怪物の襲撃。あの男が黒幕だ」

「アイツがサイクロプスを?」


 早速驚く幸助は抱えられたまま顔だけをランに向ける。ランの方は前を見たまま詳しく説明する。


「正確に言うとサイクロプスだったものだ。あれはもうこの世界の生物じゃない。連中が使役しやすいように強化改造した『兵器獣へいきじゅう』。スペックは上がり痛覚もない」

「改造って。そうか、体中にキャノン砲が生えていたのもそれで……」


 話を聞いて頭の中で整理する幸助。彼はランの言った台詞の中で引っ掛かりがあった。


「ン? ……って事は、相手は組織なのか?」

「具体的な数は俺も知らない。奴らの組織名もな。だから俺は奴らを見たまんまの風貌から呼んでいる」


 説明の最中、突然ランは何かに気付いたようにさっきまでより高く跳んだ。次の瞬間、彼の立っていた位置にココラを消したのと同じ光線が通り過ぎた。


「今のは!」

「さっきと同じ奴だな。目的のものをお前が持っていることに勘付いたんだろう。奴らは石の在処をおおよそ探知できるからな」


 着地してすぐに動くことで再び飛ばされた攻撃もかわすランが足を止める。

 振り回される幸助がどうにか耐えて光線が飛ぶ方向を向くと、さっきココラを消した男がランの着ているものに似た、しかし色の違うローブを着ている。


「赤服……」


 ランは目の前の相手を見た目通りの呼び名で呼んだ。手首や足首まで覆うように赤いローブを着込んだ人物。男はブレスレットを付けた腕を下げ、襲撃が失敗したにもかかわらず変化の無い顔を見せる。


「クーラだ。貴様は……」

「お前の目的は分かっている。残念だがこのとおり持ち主ごと俺が回収済みだ。諦めるこったな」


 挑発するように語りかけるラン。対して幸助は仲間を消した相手が目の前にいることに気が立ち、抱えられた身体をもがきながら必死に聞き出そうとする。


「お前、俺の仲間を何処へやった!」


 その質問にクーラは鼻で笑ったような態度でわざとらしく返事をした。


「病院にいた女どもなら、私の作ったかごの中だ。今はまだ生きている」

「かごの中?」

「んな虫みたいな言い方……」

「当然だ。この世界の生物など、私にとって昆虫のようなものだ」


 完全に上からの態度でものを言うクーラは、その場で思い立ったことに小さくニヤつき幸助に視線を向けて話し出した。


「そうだな……せっかくだ、明日まであの女どもの命は保証してやる。返して欲しければ、それまでに先日兵器獣を出現させた場所にその石を持って来い」

「何?」

「交渉に乗るかはそちらの自由だが、乗らなければ女共の安全は保証しかねるぞ」


 赤服は一方的に幸助にそう告げると、またしても自身の後ろの空間をヒビ割れさせて中に入っていく。

 幸助は身を乗り出してもがき、抱えていたランの腕から落ちてすぐに立ち上がるとすぐに走し出した。


「待てっ、お前何をするつもりだ!」


 コウスケの怒声に堪えることはなく、クーラが自身が入った空間はまたしても時間が巻き戻るように修復して姿を消した。


 取り残されたランは、隣で起き上がろうとしている幸助の考えていることがなんとなく読めていた。


(アイツ、面倒なことを……)


 その場での襲撃はこれで終了した。

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