1-6 病室
意識が深く沈む中、コウスケはまた過去の夢を見ていた。その光景は、彼がこの世界にやって来てすぐのことだ。
当時の彼はトラックに撥ねられて倒れ込み、意識を失って目を閉じていた。再び目を開けて見たのは、所々に雲が見える青空だった。
これだけなら何もなかった。だが次にコウスケが顔を横に向けると、視界に入ったのはアスファルトではなく、辺り一面に広がった草花だったことでそれは一変した。
「エッ!」
驚いたコウスケは上半身を起き上がらせた。直後に彼は大怪我を負っていたはずの身体が動いたことを不思議に思って下を見ると、出血がなくなっていた。
「これは」
(何処なんだここは? 俺はなんでこんな所に……)
コウスケはしばらくの間行く当てもなく歩いていた。周りは草原や森しかなく、人の姿もない。
「誰か、誰かいないのか?」
食べ物も水も持ち合わせていない彼は、すぐに力が無くなって崩れ落ちてしまう。
「ガァ……ハァ……」
皮肉にも苦しみを感じることからコウスケは自分が今生きていることを実感する。
ここがあの世ではないというのは分かったが、このままでは結局彼はあの世行きになってしまいそうだ。
(何なんだよ……俺、訳わかんないまま死ぬのか? せめて、家族や友達に会いたかったな……)
「あの!」
コウスケが喉の渇きと空腹に耐えかねたそのとき、可愛らしい女の声が耳に入った。次に視界に誰かの顔が映り込むが、太陽の光が邪魔してよく見えない。
「アァ……」
「大丈夫ですか?
コウスケ!」
そのときと同じ女性、ココラの叫び声を聞いてコウスケは目を覚まし、何よりも先に彼女の顔が視界に入った。
「ココラ……」
「よかった、回復したのね」
「ここは?」
息を吐くように力が抜けていき、近くの椅子に座り込むココラ。コウスケはまず今自分が何処にいるのかを確認した。
「病院です。意識を失った貴方を運びました」
「そうか、また迷惑を」
「平気です。私達こそ、これまで何度もコウスケに助けられてきましたから」
少し顔つきが暗くなるココラ。コウスケは次にこの場にいない仲間の事を言及した。
「ソコデイとアーコは?」
「二人とも無事です。今は別の病室で眠ってます」
「そうか……」
魔王と戦えなかったとはいえ、以前自分が戦って勝ったはずの相手に負けた。
仲間をろくに守れず、この体たらく。体に込み上がる悔しさに幸助は自分を責めるしか出来なかった。
「俺がもっとしっかりしていれば……」
その悔しさは、ココラにも伝わり、彼女は彼の握り絞めた手に自身の手を重ねた。
「ココラ……」
「コウスケは悪くない。私こそ、皆を助けられませんでした」
「そんなことは。俺がアイツを倒せてれば、こんなに被害は出なかったんだ」
「そうやって、いつも人のことばかり」
「えっ?」
ココラがボソッと呟いた言葉に、コウスケが落ち込んで下がりかけた顔を上げる。
次にココラは暗い空気を和ませるためか、ふと別の話題を話し出した。
「コウスケ、覚えてますか? 皆で騒ぎながら、魔王を倒した先にそれぞれやりたいことを言い合っていたのを……」
「ああ、そんなこともあったな……」
「そのとき、貴方が言ってたことは、覚えてる?」
「言ってたこと?」
コウスケは思い出そうとしたが、出来なかった。せいぜい笑って誤魔化すのが精一杯だ。
「悪い、何て言ってたっけ?」
コウスケの対応がマズかったのか、再び見たココラの顔は少し暗くなっていた。しかし彼女はすぐに表情を戻して笑顔を向けた。
「覚えてないならそれでいいです。私、ソコデイとアーコを見てきます。お見舞いの果物、そこに置いておきますので」
「あ、うん……」
ココラは病室から出て行き、コウスケはココラの指した台の上の果物に目を向けた。近くには換気のために開いていた窓があり、風が入ってくる。
窓から外の景色を覗いてみると、外にはベッドが間に合わず、即席で用意された簡易ベッドに寝転んでいる多くの兵士や市民、そしてその人達に駆け寄る大勢の人がいた。
(たった一体の魔物の襲撃でこれだけの被害が……俺は、守り切れなかったのか……)
目の前の事実に胸が押しつぶされそうな気持ちになる。
視線を下げてもその思いは変わらなかったが、それはすぐに近くから聞こえて来た声に変えられた。
「美味いな、これ……」
「エッ?」
聞き覚えのある男の声。窓から顔を離して元の位置に身体を戻すと、自身のベッドの近くにあった果物が消えている。
コウスケが視点を変えると、見舞いの果物を勝手に手に取って頬張っている例の青年と、その右肩に座り込むぬいぐるみの姿があった。
ここでの青年はローブを羽織っておらず、町の酒場の人と同じような服を着ている。
「お前!」
コウスケは思わず声を上げた。つい昨日、自分が倒せなかった魔物を簡単に倒してみせた青年がいるのなら、に聞きたいことが大量にあった。
「お前、どうしてここに? いやいやそんなことより、一体何者なんだ!」
「うるせえな。食い物がマズくなるだろ」
「いや、それ俺のお見舞い!」
「まあ落ち着け。これ一つやるから」
「やるも何も元から俺のだって言ってんだろ!」
そこからお互いに果物を食べて一落ち着きした後、食った分の代金として話をすることになった。
「まず一つ目。お前らは何者なんだ?」
「風来坊」
「じゃなくて、お前の名前だよ!」
「人の名前を聞くときはまず自分から名乗れ」
最もなことを言われてぐうの音も出ないコウスケ。
しかしここは病室。ベッドの端に記載された名前に気付いていないのかと疑問に思ったが、とりあえずここは名乗ることにした。
「俺は、『
「自分で勇者って」
「うるさい! そういう役職なんだよ。それでお前は?」
青年はあまり興味のなさそうな目をして淡々と返事をした。
「『
幸助はランの名前の特徴に引っかかった。
「今の名乗り方……じゃあ、お前も日本人なのか?」
「まあな。て言ってもお前のいた日本とは違うだろうが」
「ッン?」
幸助が興味を持った顔を見せる。ランは両手にかごの中の果物を持って彼の前に見せた。片方が日本でもう片方がこの世界を表わしているのだろう。
「お前だって日本のある世界からここに来た。この時点で世界は二つ存在することになる。こんなのが二つしかないと思う方が、おかしいとは考えなかったか?」
青年の果物を例にした分かりやすい説明に幸助は納得させられた。
「言われてみれば確かに」
次にランは果物かごを下から持ち、持っていた果物をその中に混ぜて幸助に示した。
「世界は無数にある。それこそ文字通り
「やっぱり、あれは夢じゃなかったのか!」
幸助は顔をランに近付け、大きく目を開いて次の質問をする。
「じゃあアンタ、あのサイクロプスについても、何か知ってるのか」
「その事については忘れろ」
「エッ?」
「代金分の話はした。今度はこっちの番だ」
唐突に話を遮ったランは果物かごを元の位置に戻すと、左手にいつの間にか握っていた物体を彼に見せて本題に入った。
「これと似たような石、持っているならよこせ」
その石は、彼がサイクロプスとの戦闘で使用した緑に輝く宝石だ。しかし幸助はこれを見てもその形には憶えが無かった。
「これは……悪いが知らないな」
「そうか。俺はこれを捜しにこの世界に来た。だが手に入れて次に行こうとしたって時に、誰かさんに腕を絞められたせいで落としてしまってな」
「腕を絞められて……アッ!」
幸助は思い出した。自分が恐竜の世界とやらに行く直前、ランの腕を強く掴んで握っていた何かを落とさせてしまったことを。
どうやらそれこそが、ランの捜している宝石だったらしい。
「もしかして、あの時の……」
「そうだ。その口調からしてお前が持っているんじゃないのか?」
ランはあのとき幸助に結晶を取られたものと思っているらしい。しかし当の幸助からすれば完全に言いがかりだ。
「残念だけど俺はそんなの持ってないよ」
「本当に?」
目を細めた顔を詰めて圧をかけ念入りに問い詰めてくるラン。幸助は若干引きながらもないものはないとハッキリ伝える。
これに相手も顔を下げて表情を戻し、座っていた席を立った。
「そうか、じゃあもう用は無い」
「エッ! ちょ、こっちはまだまだ聞きたいことが!」
ランとユリがここから去ろうとし、幸助が引き留めようと手を伸ばして懇願する。
ランは振り向きこそしなかったが口は開いてくれた。
「昨日の暴動については夢とでも思っとけ。下手に首を突っ込んだら……死ぬぞ」
一瞬だけ目を向けて印象付くように重く声をかけたランは、開いていた窓に向かってジャンプし、窓枠に引っかかることなく外に出て行った。
「そっから出ていくのかよ。もっとまともな出入りをしろ!」
既に誰もいない空間に幸助が突っ込みを入れているとき、病室入り口側の壁にもたれて隠れていたココラは驚き、考えていた。
「異世界を……渡り歩いている……」
ココラが胸に当てていた右手を離して広げると、手の中には、赤く輝く結晶が密かに輝いていた。
「あの人なら、これを上げれば……」
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その頃、ある程度回復した幸助の仲間二人がベッドの上に座り込みココラから貰った果物を右手に持ってかじっていた。
ソコデイは伸びをし、昨夜の事件について触れる。
「ニャーーーーーーーーーッ!! 何だったんだろう、あの魔物……」
「結局分からずじまいだったな。魔王はもう倒されたはずなのに出てきた魔物。それも結界も無視してどうやって……」
「う~ん……何か妙だよにゃあ……」
二人にとっても今回のサイクロプスの襲撃にはどうにも納得がいかない所があった。
まずは話し合って情報の整理をしてい最中だったが、ふとここで病室の入り口をローブを着込んだ人物が通り過ぎた。
そのとき、ソコデイの食べかけの果物が床に落ち、さっきまで会話をしていたはずの二人の姿が影も形もなくなっていた。
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