第2話 同行者

第2話(その1)

 ある、と返事をしてしまったからには腕輪の事はそれ以上はどうにもならなかった。

 念のため、滑落してきた斜面をどうにかよじ登れないかとも再度確認したが、見ている今でもがらがらと砂やら床の敷石の割れた欠片やらが落ちてきている。下に立っているだけでも安全では無かったかも知れない。


 剣はすぐ見つかった。では神器はどこいった? これも滑り落ちて来た斜面の途中に引っ掛かっていないか一通り目視で確認はしたのだが、下からそうやって見上げてみる限りでは、これというものは何も見つからなかった。

 剣とは違って丸い輪っかの形をしているのだから、ころころとどこかへ転がっていってしまったのだろうか。

 上で待つ一行には先ほどはついあのように返答してしまったが、本当に手ぶらで帰還したら、勇者は、それにクリストフはどう思うだろうか? 悪いことをしたか、という思いが脳裏をよぎったが、その次にはクリストフの一言がまざまざと蘇ってくるのだった。


(お前を連れてはいけぬ)


 それを思い起こしたところで、ただただ腹立たしさが込み上げてくるばかりだった。

 クリストフが何を思って自分をパーティから外そうと思ったのか、本人を問い詰める必要があるだろうが……もしかしたら勇者であるハルトの意向も多少はあるのかも知れなかった。

 なら、残念だ、などとおべっかなど使わずとも、連れては行けぬと彼女に直接宣告すればいいのに。


 クリストフなどは単純な男だから、勇者がこのカーザストローベでの探索において彼らの道案内の申し出を受けてくれたときはよほど嬉しかったのか、それこそ小躍りしそうな勢いだった。

 だがそれも、何かしら友誼のようなものがあったわけでもなく、勇者にしても多分に探索の手間を省きたかっただけに違いない、とアレクシアは思っていた。それが身の程を知るという事だ。そんな勇者がクリストフの申し出を真に受けて、ともに北へ向かう事に決めたというのが、彼女にしてみれば意外だった。


 勇者には女神の加護があり、その加護は彼に不死をもたらしているとのもっぱらの評判だった。そんな彼であっても、苦楽を共にした大事な仲間を失うというのは、確かに辛い経験ではあったろう。仲間を悼んで失意のままずっと故郷に引き下がっていたというが、そのような心痛を乗り越えて復帰したという勇者は、口数も少なげで、正直一緒に迷宮を探索をしていても特段愉快な相手とは言えなかった。

 とはいえ、それはアレクシアにも身に覚えのない事ではなかった。魔物の軍勢に呑まれた故郷の田畑の最後の光景がふと脳裏によみがえって、彼女は慌てて首を振った。


 確かに魔王軍は憎い。それに立ち向かおうという勇者には素直に賞賛の思いを抱かざるを得ない。とはいえ、仲間としてはるか〈断崖〉の向こうへとともに旅しようと勇者自身に直接誘われていたならば、確かにアレクシアも躊躇しただろう。だが彼女自身仮に迷った挙句断っていた話だったとしても、その結論を最初から自分抜きで勝手に決めてもらうのは気分のいい話ではなかった。命を預けあってきた仲間だったのに、関係が崩れるのはこうももろいものか。

 今こうやって行き別れてしまった彼女の事を、仲間たちはどれほど心配しているだろうか。

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