第1話(その2)

 勇者ですら、思わず困惑の表情を見せた。そのような周囲の態度の変化に、いったい何事かとアレクシアはいぶかしむ。そんな彼女を前に、何故か剣士クリストフも黒魔導士ボーウェンも、ついとその視線を逸らすのであった。


「一体、何だというのだ。勇者殿は探し求める神器を手に入れた。となればこのカーザストローベの迷宮にこれ以上留まる理由など何もないはずではないか。……それとも、勇者殿と一緒に皆で〈断崖〉の向こうを目指そうとでも言い出すのか?」


 アレクシアが何気なしに放った問いに、苦し紛れに返答したのは剣士クリストフだった。


「……実は、その通りなのだ」

「何だと?」

「俺に少し考えがあるのだ。俺達パーティの今後の事についてな」

「考えとは何だ。今後の事? 一体何の話をしているのだ、お前は」


 やぶから棒にそのような言葉を突きつけられて、アレクシアはただただ困惑するばかりだった。その場にいる面々をぐるり見回すが、黒魔導士も白魔導士も、つとめて目線をそらしたまま、何も言わない。

 傍らの勇者ハルトもまた、にわかにこのように仲間内で言い争いが始まって、少し面喰っているようだった。

 そんな困惑顔の勇者をよそに、混乱するアレクシアに対して剣士クリストフが説明の弁を述べる。


「勇者殿はこのカーザストローベ踏破を達成したのち、さらなる神器の探索のためにいよいよ辺境域を目指して魔物どもの領域へと旅に出ようとしている。俺とボーウェンとでその旅に随伴し、ともに北を目指そうと思っているのだ」


 クリストフの隣に立つ、黒魔導士ボーウェンがひきつった表情のまま、無言で深々と頷いた。その反対隣に立つ白魔導士ケイトリンも、深刻ぶった表情で唇を噛んで、剣士の話に黙って耳を傾けているだけだった。


 北へ向かう、という言葉に、アレクシアは呆気に取られた。この男は一体何を言っているのだ?

 そこでケイトリンの名前が出ないのは分かる。彼女は元々アレクシアやクリストフのような傭兵崩れの流れ者ではなく、このカーザストローベの元々の住人――それも、迷宮探索者向けの商売で名の通ったヴィクトル商会の一人娘だ。同じくこの町の出身であるボーウェンとは幼馴染とも言える古くからの顔なじみで、彼女が迷宮探索に出るのに実質護衛役を務める形で、今の顔ぶれでパーティを組む事になって早三年になろうとしていた。


 クリストフとボーウェンの両名は元々王国軍の魔物狩り部隊で傭兵として長く一緒だった間柄であり、同じく傭兵だったよしみで知己を得たアレクシアと三人、ボーウェンの故郷だというこの迷宮街に流れ着いてきた。ゆくゆくはこの面々でさらなる高みを目指すなりの理由で他へ拠点を移すなど、この街を去ることになる場合にケイトリンだけは残る、というのが元々の約束――ケイトリン自身との、というよりは彼女の父親との約束だった。


 だが、自分は?


「クリストフよ、事と次第ではただでは済まぬぞ。事情を説明してもらおう。私では勇者殿の随伴は実力不足ゆえ務まらぬと言いたいのか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る