第3話 お互いのことを知りましょう

翌日、悠斗のコンディションは最悪だった。

昨夜は星奈さんへのメッセージのことで頭がいっぱいで、ほとんど眠れなかった。

寝不足の頭でなんとか仕事をこなす。

しかし、疲れは隠せない。周りにも気づかれていた。


「悠斗、今日どしたん? 顔色悪いぞ」


声をかけてきたのは、同期の成瀬陽介(なるせ ようすけ)だ。

同じプロジェクトに所属している。

成瀬は明るく、仕事もできる。チャラそうに見えるが、実は真面目だ。悠斗とは気が合う。


「……人生、何が起こるかわからないな」

悠斗は力なく答えた。恋愛相談なんてしたことがない。どう切り出せばいいか分からない。


「ふーん? その言い方、さては……恋の悩みだな?」

成瀬がニヤリと笑う。


「なっ!? なんでわかるんだ!」

悠斗は思わず目を見開いた。


「お前はエスパーか何かなのか?」

「まあな。恋する男のオーラは独特なのさ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

成瀬はおどけてみせる。イケメンは何をやっても様になる。


「……まあ、そんなところだ。色々あって、寝不足なんだよ」

「そいつはプロジェクトリスクだな。よし、昼飯、俺が奢る。話聞くぞ」

イケメンすぎる。こいつは男まで落とす気か。


―――


昼休み。社員食堂で向き合う。

悠斗は昨日の出来事をぽつりぽつりと話した。

一目惚れ。衝動的な告白。連絡先交換。そして、昨夜の業務連絡メール。


「ははっ! お前、マジで面白いな!」

成瀬は笑いながら言った。


「笑うなよ……真剣に悩んでるんだ」

「いや、悪い。でも、お前がそんな大胆なことするなんて意外でさ。しかも業務連絡て」

「どうすれば良かったんだよ……」

「まあ、相手も突然のことで戸惑ってるはずだ。まずは普通に自己紹介からだろ。自分のことを知ってもらわないと始まらない」

「そうか……そうだよな」

「相手に気を遣わせるなよ。当たり障りのない話題から始めて、興味を探れ。会話のキャッチボールだ」

「キャッチボール……」


成瀬のアドバイスは的確だ。頼りになる。

悠斗はスマホを取り出し、メッセージを入力し始める。

自己紹介。趣味や仕事のこと。長すぎず、短すぎず。

書き終えたが、送信ボタンを押す手が震える。


「大丈夫だって。変な内容じゃない。送っちまえ」

成瀬に背中を押され、悠斗は意を決して送信した。


「ふぅ……ありがとう、成瀬」

「おう。で、今日の午後の進捗定例、資料できてるか?」

「……あっ!」


すっかり忘れていた。悠斗は慌てて食事を終え、デスクに戻った。

成瀬はどこまでもスマートだ。


―――


午後3時過ぎ。打ち合わせが終わり、一息つく。

そこでようやくスマホを確認するのを思い出した。

通知が一件。星奈さんからだ。心臓が跳ねる。


『お仕事お疲れ様です! 碧川さん、メッセージありがとうございます。なんだか、こういうの初めてで緊張しますね!』


そんな書き出しで始まる返信。

当たり障りのない、丁寧な自己紹介が書かれていた。

よかった……拒絶されていない。悠斗は安堵のため息をついた。

と、同時に気づく。既読をつけてしまった。すぐに返信しないと。

しかし、次の打ち合わせの時間が迫っている。


『ご確認ありがとうございます!打ち合わせがあるので、後ほどゆっくりお返事します!』


送信した直後、すぐに返信が来た。


『また業務連絡(笑)』


「うっ……わかってるよ!」

悠斗は思わず声に出してツッコミを入れた。

我ながら、つまらない男だ。

でも、少しだけ笑えた。

気を取り直して、次の打ち合わせに向かう。今は目の前の仕事に集中だ。


―――


それから3日間、悠斗と星奈はメッセージのやり取りを続けた。

少しずつ、お互いのことがわかってきた。


星奈さんは悠斗より2つ年下の27歳。

一人暮らしをしている。

少し前まで「辺鄙な場所」に住んでいたらしい。(具体的な場所は教えてくれなかった)

今はコンビニでバイトをしているが、ほぼ休みなく働いている。

少し機械音痴らしい。

漫画やアニメに興味がある。

イタリアンが好き。


悠斗も自分のことを話した。

仕事のこと、学生時代のバイトのこと、趣味のこと。

会話はぎこちないながらも、途切れることはなかった。


「そろそろ、会う約束でもしたらどうだ?」

昼食時、成瀬がまたニヤニヤしながら言った。


「で、でも、俺みたいな不審者に、また会ってくれるだろうか……?」

「そこまで卑屈になるなよ」

成瀬は呆れた顔をする。


「まあ、確かにいきなり二人きりはハードル高いかもな。……よし、俺も一緒に行く」

「え? 3人で?」

「アホか! お互い友達を連れてくれば、会いやすいだろってことだよ。お前が一目惚れした子がどんな子か、俺も気になるしな」

「……でも、お前がいると、俺が霞む……」

「なんだそれ。とにかく、まずはランチでも誘ってみろよ」


成瀬がいてくれるなら心強い。

悠斗は頷いた。学生時代に戻ったような気分だ。

二人で、当たり障りのない「ダブルデート」のプランを練り始めた。

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