ライトハウス学区:夜光瞬く空の下で、揺れる逆さ吊りの天秤
タンサンパンダ
第1話 なくなっているもの
アストリアに入ってからも何十もの駅を通り過ぎ、メトロに抜け、そうしてようやく降車駅だった。
俺は書類に言われるがまま、雑踏に踊らされながらもホームへ進んで行く。パスケースに挟んだ切符を出し、改札へと滑り込ませながら、頭の中ではもうずっと考え事をしっぱなしだった。
気が付いたら俺は列車に乗っていた。すっかり空に帳が降り、車内の灯りだけが煌々と照らしている。冬だからか椅子の下の暖房が暖かかったことが、俺の思い出せる最後の記憶だった。
さっきの切符さえ、あれが自分が買ったものなのか、それとも書類と共に用意されていたものかもわからない。だから俺は書類に従うことにした。
「おっと」
がちゃりという音と衝撃で我に返ると、誰かにぶつかっていたことに気がついた。
「ごめんよ」
反射で謝る。俺より少し背の低いくらいの詰襟の彼は、俺を不思議そうに見つめる。
それから何か合点がいったような顔をして言った。
「この辺危ないから気を付けな~」
ひらひらと後ろざまに手を振り、彼はメトロの人込みに消えていった。
向き直るといつの間にか駅の出口まで来ていたようで、昇り階段の奥に星空が覗いていた。
地上へ出ると、微かに雪の降るような空模様だった。目の前は大通りが横切り、その続く先にはレンガ造りの大きな駅舎が見える。学区案内によると、モーンウッドというのがこの街の名前らしい。
手のひらを擦り合わせながら街灯の下で待っていると、程なく一台の車が目の前で止まる。
僅かにウインドウが開くと、きらりと光る眼が俺をとらえた。
「時間通りに着いたようでよかったです。どうぞ乗ってください」
鋭い視線に似合わず、柔らかな声色だった。促されて後部座席のドアを開けると、しっかりと効いた空調が漏れ出てくる。それを逃さないよう、さっと乗り込む。
「いつもこう、一人ずつ送迎してるんですか?」
俺があいさつ代わりに尋ねると、運転席の彼、いや彼女は言った。
「いいえ」
車内はかすかにコーヒーの匂いがする。俺の体重で車体が僅かに沈み込む。
ドアを締めると、ゆっくりと加速して暗い通りを駆けて行く。
「この時期に学区に来る方は珍しいんですよ」
それだけ言って、彼女は黙って運転を続ける。
俺も特に話題も無いので、車窓から街並みを眺めていた。本当に長い夜だ……
「そういえば、まだ夜が明けないですね」
俺の呟くような言葉に、彼女は
「えっ」
と、短い声を漏らした。
聞き逃したのだろうかと思って続けたが
「もうそろそろ日の出が見える頃だと思ったんですが」
「あの」
俺が言い終わる前に、彼女の声が遮る。
「もう太陽が昇らなくなってから、30年は経っているんですよ」
動揺した声色だったが、それを聞いた俺も、その内容を到底信じられなかった。
「太陽が?」
彼女は言葉を選んでいるようで、しばらく黙ったあと、再び口を開いた。
「だから、日の出だとか、夜明けだとか、そういう言葉があなたの口から出てくるのが少し、変な気がして」
それからの沈黙は、まるで俺の次の言葉を待っているようだった。
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