私の靴

水面

私の靴

汚れた靴を捨てて、少し背伸びした高めの綺麗な靴を履いていろんな街を歩く。

街にはいろんな人間がいた。


人間と触れ合うのが好きな人間。

ただ暇つぶしが目的の人間。

新しい出会いを求めている人間。

怪しいビジネスに勧誘しようとしている人間。

不安を紛らわせようとしている人間。

食べるのが好きな人間。

騒ぐのが好きな人間。



私はその中で、人間とうまく触れ合う方法を知りたい人間だった。集団の中にうまく溶け込めないその姿を、私の身体から出たもう一人の私が不安そうに眺めているのに耐えられなかった。

人間と堂々と話せない自分が耐えられなかった。

だから外に出た。知らない人間と飯を食い、もはやテンプレートと化した初めましての挨拶をする。

『休日は何してるの?』『仕事は?』『音楽は聴く?』

気が合うとか合わないとかそんなのは関係がなく、人間とうまく関わりあう方法を模索した。





そんな日が続いたある日、突然悪寒が身体の中を駆け巡った。ざわざわが止まらない。目の前の仕事が手につかない。文章を読もうとするとざわざわが加速した。おかしい。

体温計を脇に挟む。適当にUberで頼んだ安い体温計は測定までにかなりの時間を要した。

測定が完了した音が鳴り、体温を見ると38度越え。

こんなこと昔もあったなあと思いながら仕事を切り上げ、柔らかいベッドに身を沈めた。

確か、無理をしてやりたくもないバイトを毎日入れていた時だっけ。

ベッドだけはいつも優しい。毛布を身体にかけると暖かくて重くて、すごく幸せ。私が死んだらお花じゃなくて使い古したこの毛布を棺桶に入れて一緒に燃やして欲しい。あの世でもまた使えるように。




体調は一週間ほどで治ったが、結局それから2回同じように高熱を出してまた寝込んだ。

出歩いた中で知り合った人間も心配はしてくれるが結局そこまでだ。風邪程度で面倒はかけられないし、たぶん死にかけても一人で対応するんだろうなと思う。タクシーが無理なら救急車を呼んで病院に連れて行ってもらうだろう。



慣れないことをするもんじゃない。人間とうまく関わろうだなんて。私は私自身との関わり方も知らなかった。

本当は一人が好きだし、大切に思いあえる人間と一緒に居たい。デリカシーのない言葉を吐くやつは大嫌い。ビジネス勧誘してくる人間も大嫌いだし、食事の時に夢を語らせられると飯が不味くなる。


ライブに行きたい。歌が歌いたい。楽器が弾きたい。絵を描きたい。小説が書きたい。健康が欲しい。お金が欲しい。整形がしたい。猫と暮らしたい。


私が本当に望んでいることは私しか知らない。街であった人間が語らせてきた夢も、所詮相手の価値観に合うように話してしまうのだ。


可哀想に、ごめんね今まで見ないふりをして。

私以外の人間を優先して。

私を本当に幸せにしてくれるのは私だけ。


もうお高めの靴も必要ない。

歩きやすいスニーカーで歩こう。

自分の好きな服を着て。

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