5-6:神様がいればいいのに

 隆太の奴は泣いていた。


 撮影が終わり、もう十分だとわかったところで、一人で涙を流し始める。カメラを向けていた人たちも何事かと不思議がり、「大丈夫?」と声をかけていた。


 このくらいは、許してやろう。

 僕は横断歩道を渡り、隆太のいる方へと戻っていく。後ろにはもう誰もいないから、振り返ることは絶対にしない。


 隆太と目が合う。赤く腫らした目で僕の顔を見返していた。


 わかっているだろう、と僕は目線で問いかける。ミズナちゃんの件は終わったけれど、お前の役目はまだ終わりになってない。


「あの、僕はこれで」


 隆太は素早く頭を下げ、撮影していた人たちの横を走り抜ける。僕の傍までやってきたので、僕もゆっくりと歩き始めた。


 その先ですぐに、足を止めた。


 前方に、見知った影が二つある。相手の方も立ち止まり、不審なものを見るようにして僕たちのことを見やっている。


 アツヤ、と心の中で呼ぶ。

 隣には花見ちゃんもいた。


 大体の状況はわかる。隆太がミズナちゃんについての『証言』をしているとわかったから、二人で見にやってきたに違いない。


「パルメザン。また、こんなところに」

 眉を下げ、アツヤは僕の方へと近寄ってくる。


 でも、触れられるわけにはいかなかった。

 隆太の方を一瞥する。あえてアツヤの方は見ずに、その場で踵を返した。


 僕はもう、アツヤと一緒にいるわけにはいかない。


「待てよ」と呼び止める声がする。それには一切取り合わず、僕は素早くその場を走り去って行った。





 今日一日、どう過ごしたものだろう。


 夜になった。昼間から特に何も食べていない。こんな状態で力が入るのかと、色々と心配になりはする。


 参ったな、と考えて、道の端に寄る。別にもう、食べ物の心配なんかしなくてもいいのかとは思う。けれど、水くらいは飲みたかった。


 暗い路地を歩き続け、外灯の下で座り込む。時折幽霊を見かけるけれど、あえて凝視することはしない。今も遠くでサイレンの音は響いていて、どこかでショコラが動いているんじゃないかと想像させられる。


 あと一日。この夜が明ければ、きっとあいつを止められる。

 その時まで、どこかで体を休めないと。


 そんなことを思いながら、外灯の光をそっと見上げる。


 思えば僕は、こんな風に夜の時間を過ごしたことは一度もなかった。おばあちゃんに大事にされ、その後はタケユキの家や哲宏たちの家。更にアツヤたちの家族に受け入れられた。食べ物に困ることもなく、いつだって誰かに身の周りの世話をしてもらっていた。


 野良猫って奴は、本当にすごい。毎日こんな風に居所もなく、食べるものの当てもないまま生きている。


 どこかで、眠らなくちゃ。どこなら安全に過ごせるのだろう。

 そんな風に思いながら、僕は一度体を起こし、灰色の塀の前を歩いていく。


 そうして数歩、進んだ時だった。


「あら、迷子になったの?」


 近くの家の戸が開き、白髪のおばあさんが出てきた。


「どうしたの? おウチ、帰るところはないの?」


 灰色のシャツに、下は茶色の長ズボン。

 少し、不安がある。猫殺しおばさんの記憶があるから、いきなり声をかけられてしまうと警戒する想いが強い。


 でも、近くに猫の幽霊はいなかった。


「ほら、入りなさい。そんなところにいると車にひかれるよ」


 おばあさんは戸を開け、中に入るよう促す。僕はじっと座り込み、しばらく相手の顔を見る。おばあさんは別に微笑みもせず、ただ僕を見下ろすだけだった。


 いいのかもしれない。

 少しは、他の人のことも信じよう。


 促されるまま、僕はおばあさんの家に入る。


「電話番号とかは、特に書いてはいないのね」


 僕のスカーフの裾をつまみ、おばあさんが吟味する。「まあ、夜も遅いし、今だけでもウチに泊まっていきなさい」


 部屋の中はあたたかい。今夜は妙に気温が低いから、自然と体の力が抜ける。


「おなか空いてる? こんなのしかないけど、食べなさい」


 煮干しの袋を開け、お皿の上に出してくれる。香ばしい匂いが鼻をつき、僕はそろりとお皿の方へと歩いていった。


 味はまあまあ。でも、今はとても美味しく感じた。


「良かった」と、おばあさんは僕の背中を撫でる。


 やっぱり、今日はとても疲れてしまった。

 おなかもいっぱいになった。そして、ゆっくりと体を休められる場所もある。


 心の中が満たされる。目蓋が重くなり、畳の上にゴロリとなった。


 なんだか、幸せな気分だ。

 生きているって、素晴らしいな。





 眠りについてしまう前に、僕は少しだけ想像をした。


 もしも、おばあちゃんが今も生きていたら。


 あの平和な時間が続いていて、僕はおばあちゃんと一緒に公園へ行く。

 そこではミズナちゃんも生きていて、公園で仲良く一緒に過ごす。


 そしてユーちゃんやサッちゃん、アツヤたちともいつの間にか知り合う。ミズナちゃんは少しだけお姉さんぶって、ユーちゃんたちと遊んであげる。みんな、おばあちゃんのことを大好きになって、一緒にいる僕のこともかまおうとする。


 そんな世界が、どこかにあったらいいのに。


 神様がいればいい。


 ココロの神様なんて偽物じゃない。どこかに本物の神様がいればいい。


 神様がいて、『悪いこと』を全部消してくれたら。今すぐにでも時間を巻き戻して、悪いことが起きてしまう前に、何もかもを変えてくれればいい。


 そんな神様が、この世界にいればいいのに。


 でも、そんなの望んでも仕方ない。


 神様なんていない。

 だから、僕がどうにかしなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る