5-5:さよなら、ミズナちゃん

 何度か、考えたことがある。

 もし、ミズナちゃんに出会えなかったらどうなっていたか。


 僕は最初、怯えていた。突然幽霊が見えてしまい、どうしたらいいかわからなかった。人間がそれを察知したら、ただちに死んでしまうこと。


 ミズナちゃんに会えたから、幽霊についての話がわかった。どう向き合っていけばいいかって考えることが出来た。


 もしも、ミズナちゃんがいなかったら。


 タケユキが僕を悪者扱いして、何もかもわからないでいる内に、僕はどんどん追い詰められていった。

 その先で、まともに生き延びることができただろうか。


 だから、ミズナちゃんは『恩人』なんだ。

 だから絶対に、助けてみせる。





「明後日、桐ヶ谷遊水が何かをやるつもりらしい」

 家を出る前に、隆太がそんなことを話した。


「何をするつもりか知らないけど、きっとまともな結果にならない。ショコラが本当に『ココロの神様』になったなら、自分を殺した桐ヶ谷のことは絶対に許さないだろう」


 それは、いい情報だ。

 その気になれば、ショコラなら今この瞬間にだって遊水を殺せる。あえてそれをやらないのは、タイミングでも待っているからなのかもしれない。


 だとしたら、ショコラの現れる場所が割り出せることにもなる。


 今日はいったん家に帰る。アツヤは暗い顔をしつつも僕を迎え入れてくれ、夜には僕のために食事を出してくれた。


 たまに怖い顔も見せる。でも、僕に対して不安がったり、疑ったりする顔は一切見せない。誰が何と言ったって、アツヤは僕を信じてくれてる。


 本当に、アツヤはいい奴だ。

 君は親友なんだって、僕ははっきりと認める。





 そして、夜が明けた。


 昼の時刻になるのを待って、僕はすぐに外へ出かける。行き先はいつも通り、ミズナちゃんがいるところ。あの横断歩道の手前の歩道に、僕は座り込んだ。


「あー、この辺だったかな」


 スマホを構えた男たちが、道の先からやってきた。カメラの部分を周りに向けて、撮影しようと準備を始めた。


 今は別に焦らない。これまでならば、僕自身が注意を引いて、こいつらがミズナちゃんから離れるようにしておいた。


 けれど、今日はあえて放っておく。

 ちゃんと、『下準備』はしてあるから。


「取材の方、ですよね?」


 三人組の男たちに向け、声をかける者がある。

 隆太が姿を現し、パーカーを着た姿でカメラの前に立つ。


「ご連絡した通り、『幽霊』について知っていることがあるので、今日は情報提供をしたいと思います」


「どうも。よろしくね」


 隆太が頭を下げ、先頭にいた男も軽く頷いてみせる。

 そこですぐに、『撮影』が始まった。


 僕はよく知らないけれど、これは『チュウケイ』というものらしい。今ここで撮影したものを、その場で広い範囲に『カクサン』するという。


 本当に何もかも、都合がいい。


 そっと、僕は横目で横断歩道を見る。ミズナちゃんは今も佇んでいて、男たちはちょうど背中を向ける形になっている。


「撮影された幽霊の女の子は、僕の知っている人なんです」

 隆太は段取りに従って、『情報提供』を始めた。


 僕はカメラの人たちの後ろへと回り、そっと隆太の表情を見る。

 どうにか、普通の顔をできていた。


「あの白いワンピースを着た女の子の名前は、『ミズナ』と言うんです」


 まずは、ミズナちゃんのことを知ってもらう。よくわからない幽霊なんかじゃなくて、ちゃんとこの世に生きていた一人の女の子だっていうことを。


「同じ小学校に通ってて、一個下の学年にいた。でも、ある時に事件が起こって、ミズナは自分のお母さんに首を絞められて殺されたんです」


 わずかに、表情が歪む。

 まだだぞ、と心の中で呟く。お前の仕事は、まだ終わりじゃない。罪悪感に苦しむなんて贅沢は、お前には認められない。


「どうして、そんなことが?」と撮影者が問う。

「幽霊の呪いだろうって、僕たちは認識してます。ちょうどその直前に、近くにある心霊スポットに足を運んで、肝試しみたいなことをやったから」

 一度大きく息を吸い込み、隆太が語る。


「そこに行った子供たちが、何人も死んだんです。交通事故に遭ったり、病気になったり変質者に襲われたり」

 言葉を切り、隆太は唇を噛む。


 さあ、時間だ。

 はっきりと、お前の『罪』の話をしろ。


「でも、これは偶然のことじゃなかったんです。死んだ子供たちがそこに出かけたのは、単なる肝試しなんかじゃなかった。『そうなるように』って、促した奴がいたんです。そいつは、幽霊のいる場所に行けば呪いがかかるだろうって知った上で、わざと子供たちがそこに向かうようにしていた」


 隆太の瞬きの回数が多くなる。「大丈夫?」と撮影者に聞かれていた。

 はい、と隆太は軽く目元を拭う。


「最低な奴がいたんです。そいつが、面白がって幽霊のところに子供たちを誘導した。それで呪いが本当にかかるか『実験』しようとしたんだ」


 隆太の罪。自分は悪くないなんて、言い訳し続けた罪。


「それは、一体誰だったの?」

 撮影者も声を低め、隆太に問いかける。


 すぐには応えられない。一度顔を俯かせ、隆太は何度も肩を上下させた。


「そいつは。その、最低なことをしたのは」

 必死に平静を繕いつつ、隆太はカメラに向かい合う。


「それが、『ミズナ』だったんです」





 最初、隆太は言葉を失っていた。


 僕が十円玉を動かして、『これからやること』を示してやると、しばらくは反応することすら出来ないでいた。


「どうして」と、何十秒もの時間の後、どうにか短く呟いていた。


 わかるだろう、と本当は目で問いたかった。

 でも、はっきりと伝えたい。人間の言葉が使えるのなら、僕もこいつには言ってやりたいことがあった。


『コ』、『レ』、『ワ』。


 ゆっくりと、十円玉を動かす。


『オ』、『マ』、『エ』、『エ』、『ノ』。


 文字の動きを見て、隆太は更に顔を青ざめさせる。


『ハ』、『ツ』。


 最後の二文字を見た瞬間に、隆太は上体を揺らめかせていた。


 これは、お前への罰だ。

 ミズナちゃんを死なせ、その罪とも向き合わなかったこと。


 これから、ミズナちゃんを地獄に落とす。そのためには『罪』が必要。

 どんな罪ならいいかと考え、すぐに思いついた。


 隆太がみんなにやったこと。それを、ミズナちゃんのせいにすればいい。

 それがきっと、隆太にふさわしい罰にもなる。


 この先も、罪が許されるチャンスなんてない。自分のしたことでミズナちゃんが死に、その罪を着せられてミズナちゃんは地獄に落ちる。


 お前は一生、それを抱えて生きていけよ。





「昔から、あいつは酷い奴だったんです」

 必死に声を絞り出し、隆太は『糾弾』を続ける。


「好奇心だけで、人を危険な場所に追いやったり、嘘をついて自分だけ逃げようとしたり。そういうことばかりして、人の不幸を面白がってた」


 もう、言葉は挟まれない。撮影者は無言で隆太を捉え続ける。


「その先で、あいつは自分も呪いにかかって、母親に殺されることになったんだ。そうして、ずっと幽霊として残っていたらしいんです」


 目が涙ぐんでいる。息の乱れも酷くて、何度もしゃくれ上げそうになっていた。

 これでいいんだ、と僕は心の中で呟く。


 僕たちは『地獄同盟』。

 だから、ミズナちゃんの行き先も地獄でいい。


 それに、天国に送るなんて不可能だ。世の中の人たちは、ミズナちゃんがユーちゃんたちを殺したって考えている。たとえミズナちゃんのことを伝えても、ミズナちゃんのために本気で祈ってくれる人は見つからない。


 見ず知らずの人間のため、幸せを願える人間はそうそういない。でも、よく知らない人間のことを、地獄に落ちろって思える人間はゴロゴロいる。


「ミズナは、そういう奴だったんです」


 隆太が最後の言葉を言い、あとは顔を俯かせていた。

 終わりだな、と僕は目を背ける。


 ゆっくりと道路を渡り、横断歩道の途中まで進む。

 ミズナちゃんの傍で立ち止まり、じっと横顔を見つめた。


 間もなく、ミズナちゃんに『変化』が見られた。


 俯いたままのミズナちゃんが、ぼんやりと輪郭を失っていく。そうして音もなく、地面の下へと吸い込まれていった。


「さよなら、ミズナちゃん」


 何もなくなった空間へ向け、僕は短く鳴き声を上げる。


 大丈夫だよ、と囁きかける。

 地獄にはきっと、おばあちゃんがいる。ミズナちゃんのお母さんもいる。そこは怖い場所かもしれないけれど、きっと一人じゃないはずだから。


 僕もすぐに、そっちに行くから。

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