第8話 1967年8月25日
1967年8月25日
ずっとずっと自転車を漕ぎ続けた。
雨は止み、雲は走り、太陽が見えたと思うとオレンジ色になった。
だんだんと沈んでいくと空にはピンク色の雲が広がった。
砂を指で優しく撫でた時のように、薄く広く広がった雲が。
次第に少しずつ標高は上がり、木も表れて、気づけば空は紫とも黒とも似つかない色になっていた。
西へ向かう道は厳密に言えば北西へと向かっていて、標識を見る限り別の国境の街へと到着するのだろう。
月夜に照らされた道は薄暗く、自転車を走らせられなくもないが、流石にこれ以上先には進めそうにもないと心は砕けていた。
そんな時だった。
美しい小さな湖があった。
風に水面が揺られ、木の音と一体になっている。
月夜は波でぼやかされ、心地のいい明かりを提供している。夜ご飯は食べていないが、食べるものもない。今夜はここでいいと僕眠りについた。
午前6時ごろだろうか。
もう空は十分に明るく、星も月も消えていた。
相棒は疲れ果てたように地面に眠っていた。といっても昨日はほとんど君も車に乗っていただけなのだが。
腹は減ったが店もなければ、地図もない。
仕方なく昨日の道を進んだ。
長い下り坂を降りる途中で小さな小さな町を見つけたがそこに店はなかった。
店はないかと町を徘徊していたものだから、ある老人が何用かと尋ねてきて、昨日からろくにご飯が食べれていないこと、今国境を目指していることを伝えると彼は喜んでパンをくれた。
この老人は信用していいだろう。
長年の農作業のためか手は黒く、傷だらけであった。
彼から少しばかり硬いパンと薄いコーヒーをもらうと僕はお礼に少しばかりの金を支払った。もちろん彼が善意でやっていることは知っているが、今は善意にすがりたくない気分なのだ。
彼はもう少し長居するといいといったが、僕は早く国境につきたいからといって下り坂を再び降った。
自転車に跨ってかれこれ三日がたった。
かれこれ200kmは進んだだろう。
ゴムの空気は抜け、ブレーキの効きも悪くなってきた。
自動車で移動した分も合わせたら600kmは進んだのだろうか。
途中道を変えなければすぐについていただろうが、あの家主はどう考えても訳ありだ。合理的判断のもと、僕の貞操のためにも西の道に来たのは正解だった。
強い日差しは道路に、地平線に、砂漠に上昇気流を発生させ、幻想の中を進んでいるような心地にさせた。
なんだか交通量が多くなってきたと感じ始めた1時間後には国境の町に着いていた。
空は思ったよりもベタ塗りの青で、雲はリアリティのある立体的なもので、煉瓦造りの家などない近代的な町だった。
国境の検問所に行きパスポートを出す。
しかしそのパスポートがないのだ。
確かにこのポケットに入っていたはずなのだが。
おそらく道の途中か、昨日の宿に忘れたのだろう。
とにかく怪しまれてはいけないから、一度すぐ近くの宿に戻ると検問の男に伝えて検問を後にした。
特に当てもなくきたのだからそもそも入国できなかっただろうと切り替えて、僕は町を歩くことにした。
途中小高い丘を見つけて登ってみることにした。
国境の北、青色の空。
特段国境の南とは変わらなかった。
幻想を見ていたわけではないが、外国について正しい知識を身につけることは、自国を正しく理解することと等しい。
机にばかり向かうガリ勉には一生辿り着けない境地で、革命家は青年期に知り、ブルジョワジーは幼少期に知るものだ。
街までの帰宅にはバスを使ったが、学校の初日には当然間に合わなかった。
それと家主から今度またご飯をどうかと、それとも僕の大学にでも行こうかと手紙が来ていた。
僕は彼に住所を教えた覚えはないからパスポートの在処はこれで分かった。
僕は9月に入る前に引越しを完了させ、新たな入居者には変な来訪者が来たら、早急にパスポートを返すことを伝えてくれといって引っ越した。
国境の北 青色の空 あおやま。 @aoyama_st
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