第7話 15:37 1967年8月24日
随分と普通の街のレストランだった。
僕は家主から好きなメニューを選んでいいと言われたが、これと言った名物もなければ、これと言って食べたいものもない。
ロードサイドのよくあるレストランで、ろくに掃除されていない席が屋外にもあるが地元の客は皆店内で食べているようだった。
ピックアップトラックできたものもいれば、トラックの運転手もいた。
トルティーヤに煮込んだ豆がかかった料理。
悪くないがこんなもんだろう。
決してこの陽気な髭を生やした店主の腕をバカにしているわけではない、ただランチの、それも町のレストランならこんなもんだろう。
これは予想を裏切らない味という意味では極めて評価できるが、おそらく死ぬ時に走馬灯でこの旅のことは思い出さないだろうし、思い出したとしてもこのレストランのことなんて全く思い出さないだろう。
このあとどうすると家主が聞いてきた。
そんなこと僕に聞かれても困る。
おそらくこの調子で車で行けば国境までは6時間ほどで着くだろう。
自転車旅とは口が裂けても言えなくなるし、まさにブルジョワジーの権化のような手段で、被支配階級からの善意で移動したとなると流石に僕の名前に傷がつく。
まあ彼に僕の名前など名乗っていないのだが。
とりあえずデザートのアイスクリームを探しにこの町を歩くことにした。
15分そこらでアイス屋を見つけて、ショッキングピンクとオレンジが混じり合ったアイスを買った。
味はまさしくオレンジそのもので、ショッキングピンクは一体何の味なのかは手がかりさえ見つけられなかった。
もし僕が国境まで連れて行ってくれといったらどうするかと彼に尋ねると、国境まで連れてくといった。
では夜国境についてどうするのかと彼に尋ねると、それは僕と同じモーテルにでも泊まると。
となると話は変わる。
彼と同じモーテル。違う部屋でもそれは嫌だ。周りの侮蔑の目の中で眠ることなんてできるわけがない。
僕はランチもアイスクリームも払ってもらっておいて追加でお金を払わせるのは悪いからといって、3時間だけ車に乗せてもらうことをお願いした。
そしたら夜中には家主は家に帰れるし、僕はもう少しだけ前進することができる。
家主はあまり納得していなさそうだったが、了承して僕と追加のドライブへと出た。
少し標高の高い地域にやってきた。
天気は急変し、大雨が降っていた。
家主はもっと先の町まで行こうといったが、それでは彼が家へ帰れなくなるからといって僕は無理矢理に降りた。
だったら宿の予約だけはしようと彼はいって、そこそこのホテルへと僕を連れて行った。
随分と無愛想な受付が予約をしているかと尋ねてきたが、していないというとすぐに新聞を読み始めた。
家主は安心してくれと言いながら1人部屋を予約して、料金も持つといってきた。それはできないといって僕は自分で料金を支払った。成績優秀者は大抵街で家庭教師をして、そこそこの稼ぎがあるものなのを彼は知らないのだろう。
僕は彼に礼を伝えると、外まで見送りに行くといって荷物を持ったまま外へ出た。
15:37 1967年8月24日
彼を見送ったあと部屋に入ると、その部屋はなぜかキングサイズのベッドだった。
雨は止んではいないものの傘はいらないほど弱まっていた。
僕は走って階段を降りて、外へと向かった。
受付はまだ新聞を読んでいた。
これは痛い出費になる。
僕は慌てて自転車に乗ると、北の国境へと伸びる道ではなく、西の道へと進んだ。
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