第4話 23:14 1967年8月23日
街灯が街にある物だとしたら、夜道には何が光るのだろうか。
車のテールランプとやらは思ったよりも一瞬の煌めきにすぎず、自転車である彼にはテールランプなどない。
満月とも言えない、言葉で表すなら不恰好なリンゴのような月と、それぞれまばらに光合う星たちが道を微かに照らした。
とはいっても、草原を走るこの道は基本的に平坦で、道と草原との境にある舗装されていない空間にさえ落ちなければ特に問題はなかった。
時折遠くに光が見えては消えた。
丘はゆっくりと後ろへ歩き出し、のっぽな草たちは悠々と夜の大地を謳歌していた。
時計を見ようにもみることはできないが、自分でもわかるほどに月は動いていた。
どうせ明日の昼には暑くて動けないだろうと今日は気の向くままに自転車を漕ぎつずよう。
23:14 1967年8月23日
遠くに見えた小さな町を通り過ぎ、気づけば次の町についていた。
静かな大地に時折トラックが通り過ぎる音が響く。
町外れの小さな公園には木と呼ぶにはあまりに弱々しく、ただ確かにその大地に根を張った木がいた。
この地の乾燥のせいか、はたまたそのような種なのか。
手入れのあまり行き届いていなさそうな木の下には、雑草が茂り、わずかばかりに土でできた平坦なところがあった。
今夜はここにしようとフライパンを地面に置いた。
これはしまった。
燃やすものがないと思い辺りを見渡すと、ちょうどいい木のフェンスがあった。
誰かが住んでいるかなど関係ない。
少なくともこのフェンスはこの木と同じくらいには世話をされていないだろう。
とは言っても良心は確かに自分にはある。
ゆっくりとフェンス沿いに家の周囲を歩くと、随分と前には朽ちてしまったようなフェンスがいた。
そのフェンスを拾い上げると、めいいっぱい地面に叩きつけた。
それでもあまり小さくならないものだから、さっきの復讐だと自転車に轢かせてやった。
彼は喜んでそのフェンスを轢いたが大した効果はなさそうだ。
今度は木に思いっきり打ちつけてみるとフェンスは二つに割れ、そうこうしているうちに気づけば小さな木片になっていた。
これに持っているジッポで火をつけた。
汗が少し乗り移ったのか、ジャケットの内側に入れていたタバコは驚くほど不味かった。
昼間に買ったフライパンをおき、その上に部屋にあった少し硬いパンを置いた。
暖かくなったパンは少し柔らかくなり、食べるには十分なほどだ。
ただこれは直接火にくべても同じだったかもしれない。
これは苦学生には痛い出費じゃないかと思ったが、そもそもこんなふざけたことをしていないで、夏の期間労働に行っていればもっと割りが良かっただろう。
この人生の浪費は、将来にはできないことだ。
だから未来で浪費をして人生を台無しにしているのではなく、今この人生を燃やして、未来に落ち着いて暮らすことを優先しているだけだ。
火をずっと眺めていても、星空はこちらを見つめ、月はさっきよりもまた傾いた。
それでも不出来なリンゴのような形を保って。
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