第28話 良かったです

「あー、美味しかったぁ」


 にこにこと満足げにセラフィーナはまだ床に座っている悠花のところへと行く。


「あはは、血で真っ赤だ」

「あなたも口元真っ赤ですよ、もっと上品に食べたらどうですか、七百歳」

「七百八十歳くらいだよ。いいじゃん、たまには」

「毎回だと思いますけど」


 セラフィーナはそんなことを言う悠花に違うもんと頬を膨らませながら手を差し出した。


「はい」

「…………」


 彼女はその手を一瞥して、掴むことなく自分で立ち上がった。

 セラフィーナは所在なさげに手を握り開きして、降ろして一言。


「強情だぁ」

「あなたに言われたくないです。それよりも、あそこで茫然としている人をどうにかした方がいいんじゃないですか?」


 悠花の示した方には木佐木がいる。もちろん姿は全裸商売道具で、しかもボディーソープやらでぬるぬるしている。

 どこをどう見ても変態である。十人中十人が変態というレベルの変態である。


「うわあああああ!? 変態だあああ!?」


 セラフィーナは悲鳴を上げて胸と大事なところを腕で隠してしゃがみ込んだ。

 それだとダメだと思ったのか、そのままの姿勢で横に移動して温泉へと飛び込んだ。


「今更ですか。温泉ですし、裸くらい問題ないでしょう」

「問題大ありだよ!? 男の人がいるんだよ!? 全裸でしかもなんかぬるぬるしてる男の人が!? なんで平気な顔してるの!? 恥ずかしくないの!?」

「恥ずかしいとか、吸血鬼殺すのに必要ですか?」

「必要とか必要ないって話してるんじゃないんだよ! 恥ずかしいか恥ずかしくないかの話をしているんだよ!」

「見られて恥ずかしい裸してませんから恥ずかしくないです」


 悠花の羞恥心はどうなっているのだと、セラフィーナは絶句した。

 そんな調子の悠花に続くように木佐木も仁王立ちで応える。


「そーだぞ、お嬢ちゃん。そんなんじゃ、吸血鬼に殺されちまうぜ」

「なんでアンタまで自然と会話に混ざってくるんだよ!? ボクが血を吸ってたの見てたよねぇ!? ボク吸血鬼なんだよ!?」

「知らねえのか? 敵の敵は味方と言っても過言じゃねえんだぜ」

「過言なんだよ!? なんなの!? キミもライオンと同じ檻でも普通に生活できるの!?」

「裸くらいでピーピーいうような奴をライオンとは思わねえなぁ」

「同感です」

「ねえ、ボクこれでも伝説の吸血鬼なんだよ!? なんでそんなに平然としてられるんだよぉ!?」


 ――怖い、この二人怖い。なんで同じこと言っているのかもわからないのが怖い。

 セラフィーナはすっかりと怯えてしまった。吸血鬼に怖いものなんてないと思っていたが、こんなところにあるとは思いもしなかった。


「だから言ってるじゃねえか。敵の敵は味方だってな」

「ああああもおおおお!!! とりあえず出てけえええ!」


 どがんと見えない壁に吹っ飛ばされた木佐木は向かいにある男湯にザバーンと落ちて行った。


「はあはあはあ……もうせっかくの余韻が……」


 ともあれ、千年物の吸血鬼を吸えたのは望外の幸運と言えた。

 千年分の経験を消化するのは難しく未だに頭の中がめちゃくちゃでどこに何の記憶が転がっているのかまったく読めない。

 ただ野茉莉が千年分人間を吸って蓄えて来た身体能力が全てセラフィーナに還元された。

 これだけでもここまで来た価値があったというものであるが、だからこそ解せないのは兄エーヴェルトのことである。


 エーヴェルトの考えていることは昔からわからなかったが、今は輪にかけてわからない。

 はっきりしているのはセラフィーナを泣かせるのが趣味ということくらいである。

 昔から大いに泣かされてきたが、今はもうお互い大人になったのだから、そういうのは卒業していただきたいとセラフィーナは思っているわけで――。


 と考え事に没頭していると隣に血を落としてきたらしい悠花が座る。

 ふわぁ、と温泉特有の軽い吐息を一つ。それから問い。


「そろそろ聞いても良いですか?」

「何を?」

「どうやってあの人を呼んだんですか?」

「電話で」

「でも、あの結界から出せる程度の念動力じゃ、電話とかメールなんて出来ませんよね?」

「まあね。だから、スマホを使い魔にしてそいつにスマホを使わせたの」

「え、そういうことできるんですか?」

「やったらできた」

「つまり偶然と……」


 そうは言うが、複数の異能を使うことができるのはセラフィーナだけである。 

 異能の組み合わせての活用なんてものを考えようとしても、福岡の壁のように物理的に残るものに限られるし、念動力を介しての使い魔生成とか、同一人物が持っていないと意味がないから誰も試せない。

 だから、今回、成功するか失敗するかなんてのはセラフィーナにもわからなかった。


「まあ、一年で出られて良かったということにします」

「たぶんだけど一年も経ってないよ」

「え?」

「結界の内側の時間の流れを変えられてたみたい。ほら、スマホの日付進んでないし」

「本当ですね……つまり無駄に一年歳をとってしまったと……」

「肉体的にはだねぇ。まあでも……ボクの血を飲んじゃったし、一年くらいは誤差になるよ。たぶん長生きできる」

「そうですか……」

「悪かった?」

「いいえ。少しでも長くあなたと吸血鬼を狩れそうなので良かったと思いました」


 悠花はそう笑った。

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