第24話 死にかけのあなたに
「っっっ!?」
死にかけていた悠花の身体が跳ね上がる。
「あ、起きた?」
「な、なにが」
悠花は死にかけていたはずなのにまともな声が出て驚く。
遅れて身体のだるさが消えていること、空腹感も、何もかも感じなくなっていることに気が付く。
万全な状態であると悠花は実感がある。過去最高に万全で十全。今ならばこの漆黒の部屋の壁を半分くらいでも昇れてしまうのではないかとすら思えるくらい元気だった。
おかしいくらいに元気があり過ぎる。
「……わたし、死にかけてましたよ、ね?」
「うん、死にかけてたよ」
「なんでわたし、こんなに元気なんですか? 死んだんですか?」
「生きてるでしょ。ちゃんと心臓動いてるよね」
言われて脈を測れば確かに感じる心臓の鼓動。ほかにも呼吸をしているし、体温だってあることはわかる。
確かに生きている。だからこそ不可解だ。
食べるものがなく、水だけで生きる限界に来ていたはず。それなのにどうして生きているのか。どうしてこんなに万全の状態なのか。
考えたところで悠花の脳裏に最悪が過る。
「ま、まさか、わたしを吸血鬼に!?」
「いやいやいや!? 付き合ってもないのにそんな破廉恥なことできるわけないだろ!?」
「じゃあ、なんでわたしは生きているんですか!」
「……飲ませたんだよ、ボクの血を」
「血を……?」
「吸血鬼の血は他の生き物にとってはそれだけで生きていられるくらいに栄養があるんだよ。ハンターなんかその血目当てにハンターやってるのもいるし、飲めば強くなれたりするんだよ、吸血鬼の血って」
「えっ……え……」
「あまりキミに与えたくないんだけど、まあ緊急事態だし、仕方ないってことで」
理解して、思わず生理的な嫌悪が来た。
血という本来は食用のものではないものを口にしたという感覚が襲ってきて、あまりの気持ち悪さに思わず悠花は喉に手を突っ込んで吐いた。
「げぇぇ……ぷぇ……」
「えぇ、吐かれるのは流石に傷つくだけど……」
「な、んてものを飲ませているんですか!」
「だってそうしないとキミ死ぬじゃん」
「だからって血を飲ませますか、普通!?」
「それ除いたら食べられるものはボクの肉くらいになっちゃうよ? 仕方ないでしょ。それよりあまり怒らないの。体力は温存しなきゃ。なるべくボクの血液一食で済ませるんだからね。無駄にはできないよ」
そういうセラフィーナは、顔色が優れないように見えた。
ただでさえ殴り続けて再生力を使っているし、吸血鬼の血を飲めていない。
彼女も空腹のはずなのに、その上で血まで悠花に飲ませている。
「これじゃ、共倒れですよ。何考えているんですか! もう飲みませんからね!」
「いいよ。それならそれで」
セラフィーナはそれ以降何も言わず、壁を一心不乱に殴り続ける。
少し進んだとか、悠花にはわからないことを言い続けながら一人、絶え間なくしゃべり続けながらずっと殴り続ける。
拳が駄目になってもすぐに回復させて、休むことなく殴り続ける。
悠花は、動かなかった。セラフィーナが悠花の言うことに反論せず、いいよと言ったことが引っ掛かっていた。
だから、今度は倒れても何もさせないと言わんばかりに口を覆うように丸くなって床に寝転がった。
血を飲ませることで彼女の体力消費が加速する。
それでは根競べなんてできるはずがない。
――わたしはさっさと死ぬべきだ。
足手まといになるくらいなら死なないといけない。
覚悟ならとっくにできている。
だから今度は絶対に血を飲まないように口を閉じて身体を丸めて転がった。
それからまた二週間近くが過ぎる。
再び悠花は死にかけていた。
「はーい、ハルカ。血だよー」
かろうじて残った意識が嫌、嫌と首を振らせるが弱ったからだで抵抗できるわけもない。
セラフィーナが素直に引いた理由は、どうせ最後には勝手に飲ませるのだからここで言い合ったところで意味がないからだった。
血が喉を潤す。枯れた大地のような身体はたった一滴でも凄まじい効果を発揮して悠花の身体を癒す。
「げぇぇ……」
「吐くの好きだねぇ。体力消耗するしやめた方がいいんじゃない?」
「生理的なものですから……というか誰のせいだと!!」
「はいはい、ボクのせいボクのせい」
「もう飲ませないで! 絶対に飲まないから! 絶対だから!」
「はいはい、わかったわかった」
「わかってないだろ、このクソ吸血鬼! わたしがどういう思いでいると!」
「わかったから落ち着いて座ってなよ」
また時が過ぎて。
悠花がぱたりと倒れる。セラフィーナは殴るのをやめてそっと抱き上げる。
再び指先を切って血を流す。
「ハルカー、血だよー」
またもいやいやと微かに首を振る彼女の口を無理矢理にこじ開けて指を突っ込む。そのまま飲むまで指を奥に突っ込んでえづいてでも飲ませる。
そうしたら意識を失う。起きるまで待ってやると悠花は元気になる。
「死ね、この吸血鬼!」
「元気になったね。罵倒は死にたくなるけど。まあ、仕方ないしね。頑張ろう」
セラフィーナは気にせず再び殴りつけるに戻る。
そんなことを繰り返し続けた。一か月も続けると――。
「…………」
悠花は己の変化を自覚した。
お腹が減る。そして、飲みたくなる。
赤いもの。彼女の流れる血潮を、どうしても飲みたくなる。
「駄目、そんなこと考えたら……!」
「んー、強情だねぇ。でも生きるためだからさ。ほら、飲みたいなら飲んでいいよ」
「やめて」
「まあ、嫌だと言っても別にまた無理矢理飲ませればいいしね」
「やめてください! 自分の顔色わかってるんですか! 今にも死にそうですよ!」
「いやいや、大丈夫だよ。まだまだ元気だし。というか、なんで? ボクはキミの嫌いな吸血鬼だけど」
「心配しているんですよ!? このままじゃ共倒れじゃないですか!」
「はい? え、心配、誰を?」
「だから、あなたをですよ……!」
「……は、はいいいい!?」
セラフィーナの驚愕が木霊した。
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