第18話 気に入らない二人

「ありゃ?」


 わずかな悲鳴と共に音夢の姿が目の前から掻き消えた。

 部屋の中にはいない。窓から見える範囲にもいない。


「え、どこに消えたんですか?」

「逃げたね。まさか転移の異能だったなんて。そりゃこれだけ毎日人を喰ってて捕まっていないわけだ。追い込まれても簡単に逃げられるんだし」

「転移って、逃げられたんですか!? 何やってるんですか!?」

「ボクのせいじゃないよ。キミが出て来てドン引きみたいな声を出すから。せっかく楽しんでたのに」

「いや、あの有り様は正常な人間なら引きます。ド変態だったんですね、あなた」

「ド変態じゃないやい! ボクだってあんなに相性が良いとは思ってなかったんだよ。めちゃくちゃ美味しい血だったし」

「言い訳はいいです。とにかく逃げた吸血鬼を追わないと。どこに消えたんですか?」

「たぶんアジトだろうね。大丈夫、一度牙を突き立てた相手の居場所はわかるからさ。マーキング的な。それがなくてもあれだけ粗相をしてたら匂いで追えるよ」

「きも」


 ガチの声色だった。絶対零度の視線だった。

 視線で吸血鬼を殺せるならばきっと今頃セラフィーナは死んでいるのではないかと思うくらいだった。

 セラフィーナは心臓に刃が突き刺さったような感覚を味わった。


「……そんな言わなくてもいいじゃん……」

「なに落ち込んでるんですか、人を喰う化け物のくせに」

「吸血鬼にだって心はあるんだよ!」

「人を食い物にする化け物にそんなものあるわけないじゃないですか。あったとしてもわたしは認めてないので」

「酷い、吸血鬼差別だー。どう考えても人間側の理屈だー」

「はい、人間ですので。それに差別されてしかるべきでしょう、人を喰う化け物なんて」

「うぇぇ、思想が強いよぉ……」

「それより早く逃げた吸血鬼を追ってください。これで他に被害が出たらわたしの血を飲ませてあげます」

「死ぬって。なんでもうキミ、ボクにそんな強気で出られるかなぁ。ボクこれでもかなり強い吸血鬼だよ? 実は伝説の吸血鬼狩りの吸血鬼とか言われてたりするんだよ?」

「強気で出られる相手だと思ってるからです。ルールに厳格で人の血が飲めない吸血鬼とかルールを介さない獣よりかはマシですから」

「死なないように痛めつけるくらいはできるんだぞぉ」

「ご自由に。それで吸血鬼を殺してくれるなら、いくらでもやってください。最初に嫌なことだろうと何でもすると覚悟して来ています」

「じゃあ、腕の一本でももらおうか」

「どうぞ」


 秒で左手を差し出されてセラフィーナは天を仰いだ。


「もっと自分の身体を大切にしなよ!!!」

「? おかしな吸血鬼ですね。あなたが腕の一本でもと言ったんでしょう? 右腕は料理するのに必要なので、そこは残してもらわないと困りますが、腕の一本で吸血鬼を殺せるのなら安いものですよ」

「怖い……怖いよぉ……なんでそこまでするの」

「わたしにできることがこれしかないからです。吸血鬼と戦う力もない。刺し違えることもできない。わたしにできることはあなたを招くことと料理くらいです。役に立ってないでしょう。だからあなたが吸血鬼を殺してくれるというのなら、望むことをしてあげます。これくらいしかできませんから」


 目線を合わさずとも覚悟を決めた目をしているのだろうことがセラフィーナにはわかった。

 まったくもって――。


「――気に入らない」

「えっ――あだっ!?」


 べちんとデコピンを喰らわせてベッドに倒れさせる。なんでいきなりデコピンされたのかと悠花は目を白黒させている彼女をそのまま念動力を使ってシーツで簀巻きにした。

 セラフィーナはそんな彼女に向けて、びしっと人差し指を突きつける。


「もっと自分を大事にしろ、このお馬鹿さん!」

「え、え?」

「はい、そこで反省しているよーに! ボクはあの子を追いかけて仕留めてくるから」

「え、ちょ――」


 セラフィーナはそのまま窓を霧化し透過して阿蘇の夜闇へと飛び出した。

 夜風に流れて誰も聞かないからとここぞとばかりに嘆息する。


「はぁ、やめてほしいよ」


 悠花を連れているのは面白いと思ったことと、一日三食という贅沢をさせてくれると言ってくれたからだ。

 きっかけはそれで別に役立つ役立たないなど気にしたことはないし、それはそれでどうでも良い。

 重要なのはそんなことを自分に言ってくれたということの方だった。


「せっかく二人で旅をしているんだからさ、もっとさ――」


 もっと覚悟なんかなしに気楽に旅を楽しんでくれればいいのに――。

 それはセラフィーナ自身がそう望んでいることだった。 

 なぜなら、一緒に旅をしても良いという風なことを彼女に言った者は誰一人としていなかったのだから――。


 ――一方で取り残されてしまった悠花は、身をよじってシーツから抜け出そうとしたが、がっちりと固定されてしまって抜け出すことができなかった。

 だから諦めて溜め息とともにぼそりと呟く。


「……はぁ、やめてくれませんか、そういうの」


 悠花は心配しているようなことを言うのはやめてほしかった。

 そんな優しいところなんて見せてくれなくていい。

 両親が死んだ時に既に覚悟は決めている。

 日本からすべての吸血鬼を根絶できるのなら、吸血鬼だって利用する。

 自分の身がどうなっても構わない。


 だというのにセラフィーナは心配なんてしてくる。


「やめてくださいよ、本当に……わたしは覚悟しているんですから」


 理由のわからないじくじくとした胸の痛みが、少しだけ心に残った。

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