第2話 欲 偽善


「な...ん...で……」

レオは恐怖と困惑で声が出ないようだった。

自分は何か悪いことをしたのだろうか。

お兄ちゃんは無事なのか

レオは頭の中で考えを巡らせる。

青年は「ロンドン橋おちた」を歌い、レオの周りを回る。

月光が青年の顔を照らした時、頬までつり上がった引きつった笑顔はこの青年がまともではないことを悟らせた。



怯えるレオを見た青年は狂気的な笑みを浮かべ、

優越感に浸りながら言った。

「君はなんてできない子なんだ!こんな状況でも、逃げることもできず、地に伏し、怯える事しかできないなんて!でも、安心して、僕はそんなできない君が大好きだよ♥」

耳元で青年はつぶやき、髪を持ち上げ、ゆっくりとレオの額を横一文字に、傷をつけ、レオを痛めつける。

レオは叫び声を上げ、その顔は涙と血で染め上げられ、恐怖で失禁している。

それを見て、青年は終始楽しそうに笑っている。

「レオはできねぇ奴なんかじゃねぇ!」

ふと目を見張ると、そこには血まみれの親方が大剣を手にして、立ち上がっている姿があった。

「ソイツは確かに臆病で、根性なしで、意気地なしだがよ〜、悪魔に屈したお前にできない子って言われるほどのボンクラじゃねぇんだよ。」

 

「お前が!笑っていい奴じゃねぇんだよぉ!」


親方はそう言って、決死の一撃を青年に放った。


「このクソ親があぁぁぁ!」


青年は何か癪に触ったのか態度が急変し、

虚空から取り出したナイフを親方の喉笛目掛けて振った。

2人の刃が激突し、次の瞬間、親方に念入りに研がれた大剣は一瞬にして虚空から生み出された一本のナイフによって、両断され、親方の喉笛を切り裂いた。

親方の返り血に塗れた青年はその血を愛おしそうに見つめた。

「あ~~この世はなんて素晴らしいんだ!こんなにも素晴らしい景色を眺められるなんて!」

親方を殺した事で嬉々とした青年は静かなステップを踏み、足でリズムを刻んだ。

その跡は地面が大きくえぐられ、部屋を縦横無尽に辺りを切り裂いた。

「でも……君にはわからないかな!」

そう言って窓際に着地し、月光に照らされる2人の倒れている姿に快感を感じながら、勝者の景色をひとしきり楽しんだ。


鍛冶場のホコリが立ち込め、灰色の風景に風が吹き込み、風が灰色は少しづつ晴れていく。 

しばらくすると、満足そうに青年は立ち上がり、

「Thanks for a good comedy!」(楽しい喜劇をありがとう!)

そう言って、レオにナイフを振りかざされた、

瞬間

「……主よ、目の前の荒波に道を明示し、手に入れよ」

暗闇から男の声が聞こえる。

「レジド」

次の瞬間、一抹の光が暗闇に灯り、黄色い光線が

男を貫いた。

「ァ゙?」

男は大きく倒れ込む

ふと、光の元をたどると、

大きな十字架を片手で引きずり、襟が口元まで上がった漆黒のキャソックを身にまとった、大きな神父が部屋の入り口に立っていた。

彼の様相はどこか眠たげで怠そうだが、彼の眼の奥にはどこか強い決意のようなものを感じる。

「ガキ、もう大丈夫だ。」

そう軽く叩き、床に寝そべった少年を丁寧に、壁に立て掛ける。

すると、隙をみた青年が素早く立ち上がり、

窓際に立ち、再び月光を背にした。

すると、子どものような笑顔で手を振りながら青年は言う、

「see you again!」

青年は下に倒れて落ちて逃げようとする。

「逃がすか!」

神父を飛び出し、落ちていく男と至近距離で目が合う.、そこから地面に豪快に着地した両者は一瞬睨み合い、青年が先に仕掛ける。

青年はナイフを三本、神父に向けて投げた。

それを左手ではたき落とし、すかさず青年の懐に入り、その巨大な十字架を青年目掛けて突き刺す。それを読んでいたのか青年は体を大きくのけぞらせ、それと同時に、片足で体を支えながら、

もう片足で神父を蹴り飛ばす。

神父はそれを片腕で防ぎ、衝撃が地面をえぐる。

「読みが甘かったんじゃない?」

ナイフを仕込んだ靴の蹴りが当たった神父の腕を見て、青年は小馬鹿にして笑う。

「お互いにな」

青年の顔をかすめた傷と十字架が共鳴するように光だし、神父が唱える。

焼け堕ちろ!

「ペインべーカー(痛みに焼かれろ)!」

次の瞬間、青年は大きく燃え上がり、全身を焼き、やがて消失する。

それを見た神父は小さく「またか」と舌打ちし、手に持った大きな十字架を地面に叩きつける。

一方その頃

レオは親方の冷えた身体をみて、現実を突きつけられていた。

レオは静かに泣いていた。

親同然であった親方を失った悲しみを自分のせいだと自分に言い聞かせ少しでも和らげる。

喉の奥から吐いて出てくる己を呪う呪言、

冷たい石の床に滴る血の小川が父の死を、鉄を打つように打ち付けてくる。

やがて、青年との戦いを終えた神父が部屋に戻って来る。

悲しみに暮れている少年を見た神父は少し不機嫌そうな顔をし、

そんなレオを見兼ねた神父は手足がなく、身動きが取れないレオを雑に背負い、

レオをどこかへ連れて行く。

泣きつかれたレオはいつしか泣きつかれて、まぶたが次第に落ちていく、そうしてレオは赤子のように深い夢へ落ちていくのであった。


(ここはどこだろう)

レオの眼前には石のレンガの廊下が広がっていた

辺りを見渡しても、他には誰もいない。

とある部屋の一室から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

中を覗いてみると中には男女の夫婦が産まれたばかりの子供を愛らしく見つめている様子があった。

レオにはその見覚えの無い家族が何故か愛おしく感じた。

(何か聞こえる…)

目の前の家族の後ろから声が聞こえた。

やがて、その声は

聞いたことがあるような罵声と怒号、兄の泣き声、青年の嘲笑に変化し、それぞれ黒い影となって、家族を飲み込んだ。

「やめて!」

レオはそれを聞き、ただ謝る。


雨がガラスに当たる音が激しくなっている。

次第に今まで聞こえてきた怒号や罵声が自分に向けられたものだとレオは思い始める。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

「ごめんなさい!!!!」

目が覚めるとレオは知らない部屋でベッドに寝かされていた。

手足には親方に没収されたはずの改造された義手義足がハメられている。

窓の奥は雨で濡れた風景が広がっていた。

「目覚めましたか」

紳士が扉を開け、部屋に入ってくる。

紳士は茶色のラウンジコートの上に、カソックを羽織い、とても優しい顔でレオを見つめている。

その表情と立ち振る舞いからはまるで神様を目の前にしているような気品と慈悲深さを感じる。

「ひどくうなされておりましたね、何か悪い夢を見ておいでだったのですね」

「あんたは・・」

「申し遅れました。私の名は「シビュラ・アルデンテ」この教会で神父で教会長を務めています。

ところで気分は……良いとはいえなさそうですね。」

そう言って紅茶を二杯カップに入れ、片方をレオに手渡し、ベットの横のイスに座る。

「……あんた達は、何者なんだ?一体アレは何だったんだ?」

「ふむ、そうだね、何から話せばいいのやら、まず.この国には魔人が起こす悪魔犯罪が蔓延っているのは君も知っているね」

コクっとレオは1回頷く。

すると、シビュラは突然音を立てて椅子から立ち上がり、往々しく天を見上げ、語り始める。

「我々は我々の神に逆らう悪魔という忌まわしき存在から愛おしい、哀れな人間達を救う、神の力の代理執行人!ソレこそが我らエクソシストなのだ!」

その言葉を発したシビュラの顔は誇らしげで、目の前の哀れな少年などお構いなしのようだった。

レオはその発言に何処か違和感を覚えたがその正体はよく分からなかった。


「コホン、失礼、つい熱くなってしまった 」

シビュラは急に冷静になり、早口に

「つまり、貴方が遭遇した男は悪魔と契約した人間、いわゆる、魔人だったのだよ。そして私達エクソシストが貴方を助けたのだ。」

っとついでのようにぽっと語り、

恥ずかしそうに紅茶を一杯口に含み、ふぅとため息をつく。


落ち着いたシビュラは坦々と語る。

「今回あなたが遭遇した魔人は

ジャック・ザ・リッパー通称 ナイフの悪魔

デルベス地区に突如出没した殺人鬼だ。

見つかった死体は女性は犯され、男性はなぶられた挙句、全身を切り裂かれている状態で見つかっている。その両方の死体には共通点がある。

それは、唇と舌が切り取られた状態であるということ。現在行方不明。」

すると、思い出したようにレオは質問した。

「兄ちゃんは?兄ちゃんは無事なのか?」


「君の兄……ああマヨリス・ハウズゲートのこと

ですか?あの後捜索しましたが、見つかりませんでした。」


「えっ」


瞬間レオの脳裏に嫌な想像が膨らむ。


「恐らく何者かに誘拐された可能性があります」

「お願いします!神父様!兄ちゃんを助けてください!お願いします!」

唯一無事だと思っていた兄の行方不明を知ったレオはシビュラに泣き縋る。

「大丈夫です貴方の兄は必ず私たちが助け出します」

「貴方は安心して、私の連絡を待ってください」

「そんな…俺にできることはないんですか?」

「魔人はは普通の人の手に負えるものではない。

残酷だが手足がない君には何もできない」

そう言われたレオは夢のことを思い出す。

彼は自分の無力さに苛立ちを覚えていた。

「ここからは我々エクソシストの仕事だ」


そう言って茶色のラウンジスーツに十字架を煌めかせ、シビュラは部屋の扉を閉めた。

扉の向こう側から誰かの嗚咽と叫び声が聞こえる

しまった扉から鈍い金属音が鳴る。


その扉の向こうにいるのは泣き崩れる一人の少年


部屋の床が血涙で透明に染まる。

  

悔しい 憎い


そんな感情がレオを支配していく、      憂鬱な感情が重なり、レオはその感情に居場所を追い出されるように部屋の端に足を組み丸くなった。


やがて、外は夜になりさっきまで鬱陶しいほどに刺していた光も今は暗く、月光だけが部屋を照らしている。 

レオは部屋の暗闇でうずくまっていた。

すると、部屋の扉の奥から声が聞こえてきた。 


気付けば外はすっかり暗くなり、部屋には蝋燭の火が寂しく燃えているのみになった。


そんな中部屋に一人の男性が入ってきた。

男はあの時の神父だった。

ただ神父の眼はあの時の眠そうで怠そうな黒い眼と違い、ただ真っ直ぐに一人の少年を見つめていた。

その瞳には外の淡い月光の水色と彼の吸う煙草の白い煙が入り混じっていた。

黒板に青空を描いたように、黒く濁り、しかし明るさを取り戻そうとするような目は悲しそうにレオを見つめていた。

そして神父は部屋の隅のレオの前に立ち、

こう言った。

「ガキ、いつまでお前はグズってるつもりだ、お前は今、心が曲がってへし折れたまんまだ。何故それを直そうとしない?」

レオは沈黙を保つ。

レオは悔しさと同時に強い恐怖で震えていた。

「確かにお前は大事な物を失った、だがそれはお前の親方じゃない、お前が失ったのはお前自身だ!あの時お前は何もできなかった。泣きじゃくり、いじめられて、お前は何も感じなかったのか?お前は自分自身に復讐したいと思わないのか?」 

神父は厳しく冷徹な声でレオに説教をした。

レオは神父の言葉を聞き、少しずつ体を震わせ、

泣きじゃくり声を荒げた。


「俺だって!悔しい…親方が殺されて、幸せを踏みにじられて!立ち向かいたいよ!でも、ダメなんだ、あの夜の魔人の顔がチラついて、悔しいのに動けないんだ!オレもあの時殺されとけば、こんな思いせずに済んだのに……」


レオは心の中をすべて吐き出した。

唇は震え、目や鼻は真っ赤に染まっている。


すると、神父はレオの頭をワシャワシャとかき回し、少し和んだ声でレオに言った。


「なんだ、まだ心は死んじゃいねぇじゃねーか」


レオが頭を上げると神父は少し嬉しそうな、ニヤけた笑顔を見せていた。

「お前のその涙はお前の生への渇望の表れだ、

この世のあらゆる幸も不幸は人の欲望から来てる、

お前の体がそうなってんのも、親方を殺したのも、全て人の欲望が生み出した結果だ。

だがなレオ、お前がここまで生きてこれたのもお前の親方、家族、友人、もしくはお前自身がお前に生きていて欲しいと願ったからだ。その思いを無下にするのだけは……やめてくれ」


神父はレオの額に軽く拳を突き出し、目を合わせながらそう言った。 

「俺は…」

レオは声を震わせ、つぶやいた。

「お前が魔人と戦争をしたいと思った時は言ってくれ、答えは明日でいい。」

神父は首に掛けた十字架をレオの手にぐっと握らせ、その場を立ち去った。


数秒の静寂がこの部屋を再び包む。


レオは立ち上がった

部屋の中心に差す月光を横切り、鏡の前に立つ。

鏡にはレオの姿が映っている。


ボサボサの赤毛

額には大きくナイフで切り裂かれた跡

泣いたばかりの血走った目と赤く染まった鼻と頬

そして、ボロボロながらも懸命に手足の機能を果たす義手と義足。

惨めな自分の姿を再確認したレオは決断した。

またあの幸せな生活を取り戻すために兄を探し出し、弱い自分を克服することを誓った。


やがて、決意の夜は終わった。


外はすっかり明るくなり、窓からは朝日が照りこみレオの顔を照らしている。

レオはボサボサで、伸び切った髪の毛をくくり、

赤いバンダナを傷を隠すように額に着け、

洗濯済みの白いシャツを身につけ、鏡の前に立っていた。

それは、間違いなく決意を固めた一人の少年の姿だった。

すると、シビュラが扉を開け、部屋に入ってきた。

「さて、話は聞いている、答えを聞こうか。」

シビュラは単刀直入に昨夜の答えを聞いた。

シビュラの目は昨日の優しい瞳ではなく、厳しく冷徹に満ちていた。

「シビュラ神父、俺、エクソシストになります」

レオは堂々と答えた。

震える手を握りしめ、シビュラの目を必死に見つめる。

シビュラはレオの目をじっと見つめる。


「いいのか?エクソシストになるということは神にその命を売り渡すということだ、神が君に死ねと言えば、君はこの先長い人生をロンドンのドブの中に捨てなければならない、その覚悟はあるのか?」


シビュラの目は冷たくレオを見つめる。


「そんなのは関係ない、オレはただ兄を探し出して、切り裂きジャックを倒して、あの日常を取り戻す、そのためだったらオレはきっとなんだってできる」


シビュラは一瞬悲しそうな顔をしたと思えば、レオに背を向けて部屋の扉を開いた。


「ついてきたまえ」

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