第五十七話 横暴に縋る
周囲の恨みを買ったみつの曾祖父は、次々と子供を失った。
はじめに長男が殺された。経木を継ぐ子がいなくなれば、竹皮がまた食べものの包装紙として盛り上がると思ったのかもしれない。
しかし曾祖父は子だくさんだった。後を継げる子供はほかにもいる。
だから次は次男が殺された。偶然を装って事故に見せかけた殺人事件だった。山で獣をけしかけられたのだ。
「このあとからだよ。様子がおかしくなってきたのは」
誰かが陰陽師だか呪術師だかを雇ったらしい。
殺された長男と次男の死体と無念の思いを利用し、みつの家に呪いをかけた。三男が
そして発狂して死んだ。
曾祖父の奥方が死んだ。
腹の中にいた子供も道連れだった。
長女も死んだ。
長女と恋仲だった男も死んだ。
「ひい爺さんに残されたのは、わたしの爺さん――ええっと、四男だけになった」
このままでは間違いなく、四男も死に、みつの曾祖父も死ぬ。そこで曽祖父は、大枚をはたいて陰陽師にお守りを作らせたのだという。
「そしたら呪いはぴたりと止んだ。以来、うちではそのお守りをずっと大事にしてる」
みつの祖父は成長し、結婚して、子供を設けた。みつの父親だ。
そしてやがてみつが生まれ、今に至る。
ようやく話が現在に戻った。
志乃はある種の怪談としてどきどきしながら聞いていたのだが、晴時はすでにしびれを切らす寸前のようだった。腕を組んで眉根を寄せている。
「その話はいつまで続くんだ?」
「もうすぐ終わるよ。わたしの事情は、このお守りのことなんだ」
みつが次の言葉を紡ぐまでに、ほんの少しの間があった。気が乗らないようである。なんだか気まずそうにも見えた。
「その、呪いを防ぐお守りがね……盗まれたんだ」
「盗まれた?」
「うん、泥棒に入られて。そのときわたし、家にいたから……でも、誰かが忍び込んだなんて気づかなくってさ」
お守りがなければ、みつの家はふたたび呪いに苛まれる。どうして簡単に奪われたのだ、命を賭してでもお守りは盗られてはならぬものだと、みつの父親は散々にみつを叱った。
取り戻すまで帰ってくるなと、家を追いだされたのが先日のことである。
「それで、いろいろ手がかりを追ってね。ここの、古い街道の先でたむろってる盗人たちのひとりが、犯人じゃないかとあたりをつけたんだ」
だからみつは、普通なら知り得ないはずの道を知っていたのだ。
「……そうか、俺に護衛をさせようとしたんだな?」
「黙ってて悪かったよ。でも、あんた、
しょんぼりと
「当然だな。たとえその盗人が見つかったとして、高い金を出して買い戻すか、力でねじ伏せて取り戻すかしか方法はないだろう。おまえ、金はあるのか?」
みつは首を振った。
彼女の父親は、買い戻すための金は与えてくれなかったらしい。落ち度はみつにあるのだから、金が必要だったら自分で稼げということだろうか。
「であれば、刃傷沙汰になるのは間違いないな。ますます協力するわけにはいかぬ。俺の身も志乃の身も危険にさらし、おまえのためにそこまでしてやる義理がどこにある?」
「そこを何とか頼めないか! その盗人連中さ、この古い道を通るやつを狙って、
「絡まれたら金を渡して通してもらうまでだ。無駄な殺生はせぬ」
「そんな! あんた、お侍なんだろ?」
今は非番だ、と晴時はきっぱり言い切った。
旅の目的を第一に考えると、リスクは極限まで減らすべきだ。とは、志乃も思う。
強行突破するにしても、取れる手段は殴って気絶させるくらいのはず。逆恨みで追っ手をかけられる可能性がないわけじゃない。とはいえ、それを避けるためにその場にいる者を全員殺すのはやりすぎだ。それこそ人目にでもつけば、別の意味で問題になる。
かといって、すっかり話を聞いてしまったあとでは、見捨てるのも寝覚めが悪い。
泥棒に気づかなかったのはたしかにみつの不注意かもしれないが、彼女の父親の仕打ちも酷かった。女ひとりで盗人からものを取り返せなんて、無茶にもほどがある。
しかも、達成せねばみつに帰る家はない。
だんだん、助けたほうがいいのではないかという気になってくる。
特に志乃は、みつを勝手にあざとい女だと思いこんでいた。
彼女は彼女なりに理由があって、真剣な考えのもとで晴時に取り入ろうとしていたのだと考えると、妬んだ自分が恥ずかしい。罪悪感がちくちくと志乃の肌を刺した。
黙り込んだみつに、晴時は潮時だと思ったようだ。
「話は終わりだ。ここを抜けるまではともにいても構わぬが、盗まれたものを取り戻す手助けはしない」
そうして手綱を引いたが、その腕に、みつがすがりついた。
「ちょっと待ってよ! ぜんぶ無事に片付いたら、わたしのこと好きにしていいよ。それでどう? わたし、男から誘われることが結構あるんだ。いい女でしょ?」
同情する方向に心が傾いていた志乃は、この台詞で目を剥いた。
次いでかっと顔を赤くする。
(す、好きにしていいって、つまり――)
女として体を売るということだ。そんな堂々と言うことじゃないだろう、ハルさんになんてことを、私の前で……羞恥と怒りがない交ぜになった感情が、一気に志乃の体を駆け巡る。
対して晴時は静かなものだった。
「選ぶ相手を間違えたな」
「そんな、どうして!」
本気で意外に思ったらしいみつの顔を見て、志乃はやっと声を出すことができた。
暴れていた感情が一点に収束したのだ。
「い、い、今のは――ハルさんへの侮辱です。ハルさんはそんなふうに、女の子の体と引き換えに頼みを引き受けるような、品の悪い人じゃありませんっ」
そういうことである。
志乃がぎゅっと両手の拳を握ると、みつの矛先はこちらに向いた。
「ね、志乃。あんたからも言ってくれない? どうせ同じ道を行くんだから、ちょっと付き合ってくれればいいんだよ。あんたがいいって言ってくれれば、おはるさんだって従うだろ?」
志乃の抗議を頭から無視している。のわりには、表情だけは人の好い笑みだ。友達にものを頼むような気安さが含まれていた。
これには怒りよりも戸惑いを抱いた。
みつは当たり前のように志乃を下に見ている。しかし、それでどうして志乃が彼女の頼みを聞くと思うのだろう。そういう戸惑いだった。
「ええっと……おみつさん、あのね。そもそもハルさんが私のお付きなんじゃなくて、どっちかと逆というか。私が、ハルさんの旅に同行させてもらってるの。だから、ハルさんがいやだって言うんなら、私もおみつさんのお願いは聞けないです」
「……あんな話を聞いたのに? 本気? わたしを可哀想だと思わないの?」
「か、わいそうだとは、思うけど。ごめんなさい。ほかを当たってみたらどうでしょうか。あるいはその、お役人に事情を話してみるとか」
「この人でなしっ」
「えぇ……」
きっと睨まれた。
志乃にもひどいことを言っている自覚はあるが、こちらにだって事情がある。だいいち、晴時には言わなかったのに、志乃にだけ人でなしと吐き捨てるなんて、理不尽極まりない。志乃もさすがに頬を引きつらせた。
晴時などはもう軽蔑のまなざしと言ってもいいほどに顔を歪めている。
「気にしなくていい。行くぞ、志乃。枝に気をつけろよ」
彼は今度こそ手綱を引いた。立ちふさがるみつを避けて追い抜く。
晴時のうしろを黒馬が追って、かっぽかっぽとみつの傍を抜けようとしたときである。
「うわっ!?」
志乃の袖が掴まれた。
みつである。ものすごい力だ。
志乃はバランスを崩して鞍から落ちた。うっかり先についた手が変な方向に曲がり、打った尻がじんと痛む。
降り積もった落ち葉のおかげで軽く済んだが、それでもかなりの衝撃である。
「志乃!」
「だ、大丈夫……たぶん」
手首に鈍い痛みが走った。これは捻ったかもしれない。
みつを見上げると、彼女は顔を真っ赤にして震えていた。先ほどの志乃よりも血がのぼっている。
「あんたも村の女と一緒だわ! わたしがちょっと人より可愛くて、男に気に入られるからって、意地悪してるんでしょ!」
どうしてそうなるんだ。
志乃はまた困惑した。どうもやりにくい。羽麻子と初めて会ったときも、似たような流れになったが、あのときは彼女の言い分が理解できた。理解した上で理不尽だと憤って取っ組み合ったのだ。
でも今は違う。
みつのことは全然わからない。だから咄嗟に反抗することができなかった。
「いい加減にしろ」
代わりに動いたのは晴時だった。
「は、ハルさん!?」
ぱさり、と軽いものが落ちる音がした。
みつが被っている菅笠がばっさり斬られ、半ばで斜めになった断面をさらしている。地面に落下しのは切り落とされた端の部分だった。
みつが体をこわばらせた。
「ひっ……」
きらりと光ったのは晴時の刀だ。
刃先はぴたりと、みつの首に添えられていた。
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