暖かな日差し
ひとしきり笑い終えると、ファルメルは一つの疑問に当たった。
「チャチェは、自分の世界の知見がかなり広いように思えますが、天使とは皆博識なのですか?」
「そうでもないかな、僕の知識も堕天してから、天界という組織に反してから得たものだよ」
「どのようにして知識を得たのですか?」
「人間の体に憑依して調べ物をしたり、干渉されない天使の姿で実際に見に観察しに行ったりしたかな」
「神の使いだけあって、かなり高等な種族なのですね」
「そうでもないよ、出来ることに違いはあれ、存在に上も下もないものさ」
「なるほど、それがチャチェの信念なのですね」
「そうなのかな」
ファルメルの言葉に、考え込むチャチェ。信念というほど強い想いは無いにせよ、無機物を含め存在自体に上下などないという考えは、堕天して自我を持った時には自然に備わっていたものだった。
しかし、心というものについて、良く分かっていない自分にとって【それが正しいと堅く信じ込んでいる心】を意味する信念という言葉は、理解に及ばないものだった。これ以上考えても、今は結論にたどり着かないだろうと感じたチャチェは、話題を変えることにした。
「バスケットに入ってる料理たちは食べていいの?」
「おぉ、そうでしたね。食事の事をすっかり忘れていました」
どうぞ召し上がってください。と、ファルメルはバスケットをレジャーシートの中央へ持ってくる。バスケットの中には、サンドイッチとローストビーフのようなもの、野菜スティック、ディップソースの入った壺が入っていた。
「氷室の肉の種類が少ないですから、偏ったものになってしまいますが、美味しく出来たと思います」
「こんなに、いつの間に用意したの?」
「昨日の夜、チャチェが寝てからでしょうか」
「僕も手伝ったのに……」
「子供は寝るものです。それに初めての修行で疲れていたでしょう? 疲れを癒した状態で散策に付き合ってほしかったので、これでいいんですよ」
ファルメルの言い分に納得はいかないものの、これが優しさというものなのだろう。という考えに至ったチャチェは、それ以上不満の声を出すことはなかった。
「ファルメルがそれでいいなら、僕もそれでいいよ。作ってくれてありがとう」
いただきます。と食前のあいさつを済ませたチャチェは、手始めにサンドイッチを食べる。肉と野菜を挟んで、甘じょっぱいソースが塗ってあるものと、まろやかな味わいの黄色いペーストを挟んだものがあった。どちらも美味しく、ぺろりと平らげた。
「それはチェリースタンプ、真っ赤な豚のような見た目をした2メートル級の魔物のハムと野菜を赤ワインのソースで味付けしたサンドイッチですね」
「甘じょっぱくて美味しかった」
「こっちはゆで玉子を生の卵と酢と油を混ぜたソースで和えました」
「まろやかで美味しかった。ちなみにそのソースは、僕の世界ではマヨネーズと呼ばれてるよ」
「おぉ、そうですか。このソースは私のオリジナルなんですが……チャチェの世界は、本当に色んな物がありますね」
話しながら食事をすすめる。ローストビーフの様な物は、そのままローストビーフだった。メランケラスの肉を使っているらしい。野菜スティックのディップソースはアボカドとマヨネーズと、砕いたフライドガーリックとレモン汁、クミンそして塩をペースト状にした物で、コクがあり美味しかった。
「ふぅ、もうおなかいっぱい。ファルメルの料理はどれも美味しいね」
「ありがとうございます。チャチェも一緒に料理をして、美味しい物を作れるようになりましょうね」
「僕もこんな風に料理できるかな」
「できますよ、それにチャチェの世界の知識があれば、この世界にない料理だって作れるかもしれませんよ」
「それは気になるんだよね。僕の世界の料理も食べてみたいから」
「二人で作っていきましょう? 時間は多くありますから」
「うん、そうしよう」
二人は、チャチェの世界の物を再現する事を約束した。食事を終えてからしばらく、ゆったりとした時間が流れる。お茶を飲みながら花畑を眺めた。
「すごく穏やかで、眠たくなってきちゃった」
「おや、寝てもいいですよ。ブランケットがありますから」
「んぅ……ありがとう」
チャチェはブランケットを受け取ると、シートの上でうずくまるように横になった。風が、チャチェの頬を優しく撫でる。暖かな日差しのなか、丸まって寝ているチャチェを白い猫のようだと、ファルメルは思った。
穏やかな時間が流れる。今はまだ人の心が分からぬこの子も、そのうち自分から学べる全てを学び、巣立つ時が来るのだろうか? その時私は笑顔で送り出せるだろうか。そんな思いをはせながら、ファルメルはチャチェ越しに花畑を見続けていた。
自由に羽ばたくエクスシア アランカラルカ @cyacye
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