花畑と写真


 タルタルステーキを食べた翌日、朝から昨日と同様に、マナ制御の修行をしようとしていたチャチェにファルメルが提案する。



「今日は家の周辺を私と一緒に、散策いたしませんか?」


「いいけど、マナの制御の修行はいいの?」


「もちろん、散策しながらマナは制御してもらいます」


「なるほど、そういう」


 事の全貌を聞き納得するチャチェ。マナの制御のために瞑想するのもいいけど、周りを見て回るのもいいな、と了承する。


「どこから行こうか」


「そうですね、北の方から行きましょうか。綺麗な花畑があるのですよ」


「へぇ、楽しみだね」


 では、とファルメルはカゴを持つが、チャチェが僕が持つよ、とファルメルの歩行用の杖以外の荷物を持つ。ありがとうございますと言ったファルメルの顔は、嬉しそうにほころんでいた。


 歩きながらチャチェはあれはなんという植物か、とファルメルに質問し、それに対してファルメルは詰まる事なくスラスラと説明をしていく。ただの草花だが、今のところその名前と特徴は、チャチェの知っているものと合致していた。


 どうやら本格的にチャチェの過ごしていた地球と、このソレイユ大陸の扱う言語は同じもので、固有名詞も同じ可能性が高くなってきた。これはファルメルのいう通り、自分の知識から地球の文明を再現することも可能かもしれない、と考えていた。


「おや、野生のローズマリーですね」


「もしかしてハーブティーとかにする?」


「やはりチャチェの世界と私たちの世界は、よく似ているのかもしれませんね。その通り、よくお茶にして飲まれている薬草です」


「他に使い道があるの?」


「魔法薬にも使いますよ、よく記憶を司る薬草として使っています」


「それは初耳かも、同じ特徴名前でも、魔法独自の使い道があるのかもしれないね」


「初めは混乱するでしょうが、徐々に知識を更新していかなければいけませんね。これからこの世界で生活していくのですから」


 そうやって雑談をしながら、北の花畑を目指す。目につくものの名前と特徴を教えてもらうのが主だったが、ファルメルの普段の過ごし方など、関係ない話も、なんとなく退屈せずに話していられた。

 

「普段の生活ぶりを知らないけど、休みとかは設けているの?」


「ちゃんと休みますよ、私はお休みが好きですから、祝祭日も大切にします」


「魔法使いしか意識しない祭日とかあるの?」


「ありますよ、魔法使いの祭日とでも言いましょうか、正月の日付も、一般のものとは違います」


「一般の祝日は祝わないの?」


「それは魔法使いによりますね、私は一般の祝日も祝いますよ。祝い方がそれぞれ違って楽しいですから」


 ファルメルは今から一番近い祝日は【陽春花祭ようしゅんかさい】だと、教えてもらう。どんな祭なのかと聞いたら、それは実際に祭りの準備をするときに教えますね、と言われる。今年の準備はチャチェにもしてもらいますから、とニコニコしているファルメルを見ると、追求する必要性を感じなくなり、準備する時に詳しく教えてもらう事にした。


「そろそろ花畑ですよ」


 茂みを抜け、視界が広がった先には、一面に鮮やかな色とりどりの花が咲きほこっていた。転移前も花畑を見てきたが、ここの花畑は、一際美しく見える気がした。その理由も分からぬまま、チャチェはファルメルと花畑を眺めていた。


「どうでしょう。チャチェが居た世界は文明が発達していますから、もっと管理されていて美しい花畑がありましたか?」


「ううん、この花畑が一際美しく感じるよ。理由は分かんないけど」


「なるほど。その原因を究明すると、これからもっと美しい光景を見に行けるかもしれませんね」


「自分好みの景色がわかるってこと?」


「自分が心をときめかせるシチュエーションの方が大切かもしれません」


「なるほど」


 アドバイスを貰うも、全く理解に及んでいない様子のチャチェ。その様子に、まだまだ時間はあります、これからですよ。と答えるファルメル。


「こんなにも綺麗な景色ですが、心に焼き付けておくしかできないのが勿体無いですね。多くの人に見せてあげたいですが、この辺は山道も厳しければ、魔物もでますし」


「僕の世界に写真というものがあって、景色を写しとることができるんだよ」


「それはいいですね、自分の好きなものを好きな人に、共有する方法は多ければ多いほどいいですから」


 写真の原理を簡単に説明するチャチェ、それを熱心に聞いていたファルメルは、話を中断しレジャーシートを敷いて、お茶をしながら詳しく話を聞きたい。と提案してきた。チャチェが二つ返事で了承すると、ファルメルはいそいそと準備を始める。よほど写真の話が気になるのか、プレゼントを前にした子供のようにウキウキしているように見える。


 腰を下ろし、落ち着いた二人は再び写真の話に戻る。どの様な物をどの様にして写真にしていくのか、写真の歴史も踏まえて話す。


「つまり、レンズを通った光がフィルムというものに光景を映し出し、それを現像液という液体で紙に移す……と」


「概ねそんな感じ、ゼラチン乳剤という薬剤が作れれば、ガラスに塗布することで写真になると思うよ。フィルムの映像を現像液で紙に写すのは、この時代だと困難かな」


「なるほど……」


 真剣な顔つきで俯くファルメル。どうやら本気で、写真をこの世界で再現できないか考えているようだ。魔法での再現性は、残念ながらこの世界の魔法についてほぼ無知な僕の頭では、どう捻っても結果は出てこない。科学では、おそらく無理だろう、ゼラチン乳剤も化合することは出来ないだろう。


「ファルメルにいい提案があるよ」


「……! すみません。考え事をしていました。なんでしょう」


「僕にファルメルの魔法の全てを叩き込んでよ」


「勿論そのつもりですが、何故そう思ったのですか?」


「おそらくこの世界の今の科学では、僕の世界のものを再現するのは無理だ。でも魔法なら可能かもしれないと言っていただろう? ファルメルは僕に魔法を教える、僕はファルメルに僕の世界の知識を教える。二人で再現していこうよ」


 チャチェの提案を聞いたファルメルは、みるみる笑顔になっていき、瞳が恋する少女の様に輝いた。


「長い人生で、どんな言葉よりもチャチェ、あなたの今の言葉が心躍らせました」


「それは同意してくれるってことでいいのかな」


「勿論です! 二人で奇跡とも言える科学なるものの探究をいたしましょう!」


「あ、でも魔女狩りとかされないかな」


「魔女狩りと言うのは、魔法使いが狩られると言うことでしょうか」


 魔女狩りについてどう説明するか迷ったが、端的に伝える事にした。


「移転分子と見られる者に対して多数者側が、感情的に批判、排斥する事だよ。過激なことを言うと処刑につながることもある」


「それは恐ろしいですね。しかし、その危険性は魔法のおかげで少ないかもしれません。魔法の奇跡というものは、この時代のいかなるものを用いても再現不可能なモノの事ですので」


「魔法の奇跡としてしまえば、皆納得すると?」


「人は未知のものを恐れますが、利益には逆らえないものです。理解の簡単なものから小出しにいて行き、利便性に抗えなくなったところに付け入るのですよ」


「なるほどね。でも、そこまでして生活水準を改善させたい人もいないしな」


「その人が見つかるまでは、私とチャチェの秘密にしておきましょうか」


「そうした方が良さそう」


 そう話しながら二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。

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