催眠アプリで純愛を

絶対に手に入れたい女性がいる。自分が自分じゃなくなっていく程の恋心に焼かれ、強硬手段に及んでも構わないと思ってしまう程に、彼女のことが好きだ。狂っていることは自覚しているが、溢れ出す想いは止められない。これこそが純愛であると、教えられた。間違っていると、正しいと、自分に言い聞かせ頭が痛い。愛に殉じて、逃げられない。

幼馴染の彼女はいつも優しく、自分にとってのお姫様。妹の様に可愛らしく、年上の包容力でどんな時も抱きしめてくれる、掛け替えのない女性。今日も、どうやって恋を叶えようかと、そのことだけを考えて一日が過ぎる。

何か手はないものかとスマホに触れると、部屋が少し明るくなる。純愛と、ただただ検索して、恋に想いを馳せる。彼女に振り向いてもらう為には、まともな方法では無理だ。それこそ、意思を捻じ曲げる程の、超常的な力でもなければ不可能だろう。それに、心当たりがある。なぜならば、自分は毎日のように目にしているからだ。

ガチャリと、鍵が開く音がする。ゆっくりと扉が開き、部屋に光が差し込む。扉の隙間から、ぬっと顔を出す彼女。


「ただいま♡」


顔を見ただけで、機械的に駆け寄り、抱きついてしまう。それだけでもう嬉し過ぎて、腰を無意識に引く。だが、彼女は許してくれない。


「コラ♡逃げちゃ、ダ〜メ♡」


ぐっと腰を掴まれ、ぴったりと身体をくっつけられる。強い力ではないが、彼女の言葉には逆らうことはできない。恥ずかしくて心では拒絶しながらも、恋に身体が火照り昂る。彼女は、光灯らぬ暗い瞳で、じっとこちらを見る。最愛の女性と見つめ合い、愛に溺れて興奮が収まらない。

だが、些細な疑問が浮かぶ。恋に悦ぶ素直な思考で、感じる小さな違和感。不明瞭ではあるが看過できず、考え込んでしまう。自分は、何が、わからないのだろうか、わからない。


「どしたの?」


コノヒトダレダロウ?

最愛の想い人、幼馴染のお姫様、年上の妹である彼女の名前を、どうしても思い出せない。聞いてみる。アナタ誰ですか?

彼女はため息を吐き、スマホをこちらに見せる。思い出の画像でも見せてくれるのだろうか?彼女と出会ってから、自分はこの部屋を一歩も出ていないのに?


「ほら。ほら。画面、見て?いい?キミは、私のことが好きなの。大好きで大好きで、いつも私のことを考えているの。私に恋、してるの。私達は、純愛をしているの。わかった?わかったね?」


こくこくと、頷く。頷くことしか、できない。自分は、純愛をしているから。催眠アプリを毎日見せられて、純愛から逃げられない話。

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