檻に見えたベランダ〜恋の囚人に応答せよ〜

涼風岬

第1話

 夕暮れ時、女子高生の市津いちず七湖なこは今日も日課をこなす。それはベランダから眺める事だ。ただ眺めているのではない。目的がある。


 ベランダの柵の上に両腕を乗せ手の甲に顎を置き眺めているとお目当ての男子高生が歩いてくる。彼の名は凄雲すごくもてるだ。彼女の幼馴染みだ。


 彼が気付き手を上げ軽く手を振り合図する。彼女は柵に肘を付き振り返す。この一連のやり取りが彼女の日課だ。


 実のところ、彼女は彼が好きなのだ。深く後悔してる事がある。卒業式に告白しそびれた事だ。


 あの日、彼は同級生、下級生とわず記念写真を頼まれていた。列が出来るほど。そんな彼を見て自分が惨めになり告白する勇気が萎えてしまったのだ。


 撮影を終えた彼が彼女に気付き近寄って来ようとした。彼女は全力で走り逃げ出したのだった。今でも彼女は思う。あの時、なぜ諦めたんだろうと。




 日課は継続中だ。今日も彼を待っている。暫くして姿が見えてきた。彼女は激しく動揺し体が硬直する。なんと彼が女子と並んで歩いているのだ。


 相手の女子を注視する。綺麗な顔立ちだ。彼女の制服に目が留まる。お嬢様女子校のものだ。しかも偏差値の高い。


 二人はお互いに見つめ合い楽しそうに会話を弾ませながら、家の前を通過しようとする。彼が普段通り手を振り合図する。


 彼女の視線は相手に向いている。すると、目が合った女子高生が軽く会釈する。気まずい彼女はしゃがみ込み柵を両手で握り俯うつむいた。暫くそこで放心していた。




 あの日以来、彼女は日課を辞めた。暫く傷心を引きずっていた。現在は立ち直り、キッパリ断ち切れそうだ。


 学校の帰りに消しゴムを買い忘れていた事に気づく。それで近くのコンビニまで買いに行くと事にする。門を出ると彼が壁にもたれ掛かってるのに気づく。


「やっと出て来たか? 待ちくたびれたぞ。囚人」


「囚人って何よっ!」


「この間、ベランダの柵を掴んでしゃがみ込んでたじゃん。あれ、檻の鉄格子を掴んで出してくれと叫んでる囚人に見えたぞ」


「馬鹿にしないでよ!」


「そう見えたんだ俺が」


「何しに来たのよ!」


「なんか手を振らないと調子狂ってさ。なんで辞めたんだ?」


「私から言わせる気? 人間性を疑うわ!」


「ひでぇな。言いたい事があって待ってただけなのに、ここ最近」


「そんな自慢したかったんだ。彼女出来た事!」


「いねぇよ」


「……だってこの間」


「あれは従姉妹いとこだ」


「あっ」


「さっきはごめん」


「なっ何が?」


「囚人って言ったの」


「いいよ別に」


「檻の中の囚人は俺だ」


「どういう事?」


「気付いたんだよ」


「何に?」


「七湖が好きなことに」


「えっ!」


「七湖は、どう、どうかな?」


「ずっと前から好きだよっ。輝のことっ!」


「ふう〜っ、やっと解放されたぁ〜」


「私もだよっ」


 その瞬間、街灯が付き二人を照らす。

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