第10話 大きな目

 廃工場前で、俺とレイが中へ入ろうとしたが、後ろで静原さんは立ち止まったままだ。彼女の体はビクビクと震えており、ひと目で完全にビビっていると分かる。

 俺とレイは彼女の所へ駆け戻った。そして、おいおい勘弁してくれというふうにレイは、

 「まさか……怖いのか?」と静原さんに訊ねる。

 

 静原さんはわかりやすく怯えながら、ぼそぼそとギリギリ俺たちが聞こえるくらいの小さな声で、

 「ごごごごごごご、ごめんなさい……。なんか、いざとなると……怖くなってきちゃって……」

 と、今にも泣きそうな顔を必死に堪えながら、震えた声でそう告げた。

 そしたらだんだん静原さんの声が大きくなっていく。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!やっぱ怖いぃぃぃぃぃぃぃぃ!やっぱり私にはムリぃ!ムリ!ムリ!ムリ!ムリ!ムリ!ムリぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!!」

 ………と。大声をで弱音を吐き散らかした………。

 すると、それを見兼ねたレイがため息を出しす。

 「………ならもういい。静原、お前はもうこの仕事辞めてとっとと帰れ。まだ中にすら入ってねぇのに……。半端な気持ちで選ぶからこうなるんだ。バカが」

 と、きつい言葉をレイは静原さんに浴びせる。

 静原さんもビクッとして、

 「ごっ……、ごめんなさい……」

 と半泣きで謝る。

 「レイ……。ちょっといい過ぎじゃない?そんな言い方しなくても……」

 と俺もなんとかフォローしようとするが、

 「あのなぁ、霊媒師ってのは常に命懸けなんだよ。学生バイトだからって、半端な気持ちで仕事したらすぐに死ぬだけだ。こんなとこでいちいちビビるくれぇなら、さっさと辞めろ」

 とのこと。確かに、レイの言っていることはごもっともだ。

 俺も……一度、悪霊に殺されたし……。冗談抜きで中途半端な気持ちでは務まらない危険な仕事だということは、俺も理解している。だから、これ以上俺は何も言えなかった。

 

 すると、静原さんは涙を自分の手で拭い。ゆっくり口を開く。

 「………。行きます……自分で選んだ事だから………」

 静原さんはそう言って足を前に出す。顔つきもさっきよりも良くなった。




 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ。

 

 中は雨漏りがすごかった。外は雨は降っていなかったが、前に降った雨でできた水溜まりがまだ僅かに残っているのだろう。足元に小さな水溜まりがいくつかある。狭い道を三人一列で進む。廃工場の中は暗く、レイがスマホのライト機能を使って先頭を歩き、その後ろに俺、そのまた後ろに静原さんと続いている。

 暗くてなんとも気味が悪い。今にも何かが出てきそう……。いや、といっても悪霊退治に来ているのだから出てきてもらわないと困るのだが……。

 

 コトンッ


 「ひっ!?」

 「ひっ!?」

 背後からの小さな石ころが転がったような物音に、俺は思わず声を出してしまった。俺の突然の声に反応して静原さんも声を出した。

 「ちょちょちょちょ、何っ!?突然大きな声出さないでよ!」(小声)

 と静原さんがビビりながら声を抑えて俺に言う。普段はおとなしそうなのに、こういう怖そうな場ではほんのちょっと強気だ。たぶんお化け屋敷とかに連れて行ったら面白いタイプだろうな。と一瞬そんなことを考えたが、今はそんな悠長なことを考えていられない。

 「っいやいやいや!っなんか変な音がしたんだって!」(小声)

 俺も恐怖のあまり声を抑えて抗論する。

 「へへっ変な音って何!?怖いからあんまり変なこと言わないでよ!」(小声)

 「いやいや!マジで聞こえたんだよ!何なの今の音!?っマジ何!?」(小声)

 俺も分からぬ物音の主に少しムカついてきた。こういう恐怖の場では、怖いという気持ちと平行して少しイライラした気持ちも出てくる。

 

 「テメェら……!少しは静かにしろ……!いちいちいちいちビクビクしてんじゃねぇ……!」

 レイが俺たちに睨みを向ける。すると、

 

 チュウチュウ……。


 「あっ」

 俺は自然と声が出た。さっき物音がしたあたりに目を向けると、そこにいたのは小さなネズミだった。

 「あっ、アハハハ……。ごめん、ネズミだったみたい……」

 と俺はお騒がせしてすみませんでしたというふうに詫びる。

 「……お前というやつは。しっかりしてくれ……」

 とレイが呆れ顔を俺に向ける。

 「………びっくりして損した……」

 と静原さんでさえも、呆れたように目を細めた、冷たい目を俺に向ける。



 


 それからさらに中へと進んで行くと。広い場所へと出た。端の壁には外を行き来する大きな出入り口があり、中と外を遮断するものはなく、普通に誰でも平然と行き来できるくらいなため、外の光景がまるっきり見えていた。

 中から周りを見渡すと屋根を支える柱や、端っこの方に鉄パイプの束、鉄か何かを切断するのに使うのか分からないが、作業用の機械なんかがいくつか置いてある。だがどれもかなり錆びれており、使えそうにない。


 さっきまで中を見て回ったが、悪霊は見当たらなかった。

 でも、今いるこの広い場所には、強い霊力を感じた。おそらくこのあたりにいるのかもしれない。

 そう思って、あたりを散策しようとしてふと右側にある壁の方を見てみると、


 ギロリッ


 「!?」


 窓の外から直径三メートルほどの大きな目玉がこちらを覗いていた……。

 俺たちがそれを見て驚いた次の瞬間、


 ドガアアァァァァァンンンン!!!!!


 大きな目玉の化け物は俺たちに口を開いて、中へと勢いよく襲いかかってきた!!

 「うわああぁぁぁぁぁ!!!!」

 その勢いで俺たちが中にいた工場は大きく吹き飛ばされ、俺たちも外へと吹き飛ばされた!

 幸い、俺たちは各々、霊力を体全体にこめて肉体を強化したので、なんとか三人とも助かった。


 外は三日月が綺麗に輝いていたが、そんなことを考えている暇はない。


 外へと出され、化け物……いや、悪霊の全体の姿がよく見えた。大きさは二十メートル、いやもしくはそれ以上といったほどで、大きな口は歯並びが悪く、歯がギザギザに並び、二足歩行で自立していて、手は二本とも人間に近い手をしている。色は青黒く、がんびらきの大きな目は四つ付いていて、黄色い髪の毛のようなものが頭にちょこんと、四本ほど生えていた。

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