第2話

 綺麗な花が次々と僕の足によって踏み潰されていく。

 ……入ってしまえば、もう歩くしかない。

 僕は「誰かいる」方向へと足を進める。かなり歩いたところまで来て、そこに何がいるのかようやく理解した。

 数十メートル離れたところで足を止める。

 僕は思わず息を呑んだ。

 美しさに驚いたわけではない、その大きさに驚いたのだ。

 ……巨人だ。巨人がいる。

 鼓動が速くなるのを全身で実感しながら、必死に気持ちを落ち着かせた。

 僕は「人」に会えたことに対して興奮していた。想像していた「人」とは随分と違ったけれど、それでも人間に出会えたのだ。

 花で覆われていて、容姿ははっきりとは見えなかったが、大きな体が花畑に横たわっているのだけは分かった。 

 スゥスゥと勢いのある寝息が聞こえてくる。身体が大きさい寝息も比例するのかと感心してしまう。

 

「ねぇ」


 僕は心地よさそうに眠っている巨人に声をかけた。

 起こされて気分を悪くしてしまうことも考えたが、ここで声をかけなければ、僕は友達を作るチャンスを逃してしまうと考えた。

 勇気をもって声をかけた、というよりかは、嬉しさのあまり声をかけずにはいられなかった、の方が正しい。

 だが、巨人に起きる気配はない。

 僕はもう一度声を張る。


「ねぇ!!」


 すると、その瞬間、巨人の体がビクッと反応した。巨人の動きに僕も思わずビクッと連動してしまう。

 巨人の目が静かに開き、透き通るような赤い瞳が現れる。

 ……なんて神秘的な目なのだろう。

 他の人間にはあったことはないが、赤い瞳は珍しい色だということは分かる。僕は息をするのさえ忘れて、その瞳に釘付けになっていた。

 長い睫毛が何度か動く。瞬きをしながら、こちらを見ているようだった。

 少しして、僕の存在を認知したのか、勢いよく巨人は立ち上がった。慌てた様子の巨人を僕は静止した状態で見つめていた。

 その場に立った巨人を見て、女なのだと気付いた。

 ……それにしても、すごく大きい。

 僕の語彙力で説明できないほど大きい。

 高さは僕の身長の数倍。…………四メートルぐらいだろうか。服は着ているが、ボロボロの布切れのようなものだ。屈強というよりかは、ちゃんと丸みを帯びた女性らしい体型だ。

 眉は太く、キュッと目尻が吊り上がった猫目、鼻筋は通っており、小さく整った唇、そして透明感のある白い肌。

 …………巨人はもっと醜いと思っていた。強烈な体臭とごつごつとした肌、清潔感のない外見なのだと。

 だが、今、目の前にいる彼女は綺麗だ。


「うぅ?」


 僕が思わず見惚れていたせいで、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 これほど大きな体を持っているのに、彼女はどこか少し怯えた様子だった。だが、瞳の奥で無邪気に僕を見つめる真っ直ぐな感情もある。


「僕の言葉、分かる?」


 ゆっくりと彼女に伝わるように口を動かした。


「ううう」

 

 僕の言っていることを理解したのか否か分からないが、彼女は首を縦に動かしていた。

 これは、言葉は通じるって解釈でいいよな……?


「僕の名前は、ルカ」


 僕はジェスチャーをしながら、自分を指差して自己紹介した。キョトンとしたままの彼女に僕はもう一度「ルカ」と名前を言う。


「ルガ」

「違う。ル、カ」

「ルカ」


 言いにくそうに僕の名を発した彼女に僕は「そう! ルカ!」と微笑んだ。

 僕が表情を崩したことに安心したのか、彼女の表情も緩む。

 

「君の名前は、何だい?」


 彼女は困ったような表情を浮かべて、首を傾げる。

 ああ、やっぱり言葉での意思疎通は難しいみたいだ。

 僕は自分を指さして、「ルカ」と言い、彼女は指差して「君は?」と、ごく短い単語で名前を聞き出そうとした。

 彼女はハッと何か理解したように自分を指さしながら、口を開いた。


「エヴィ」


 透き通った声が心地よく耳に響いた。

 ……僕の中の巨人のイメージがどんどん壊れていく。

 本で得た知識が正しいとは限らないのだと実感する。

 素敵な名前だね、と言おうと思ったがやめておいた。きっと、伝わらないだろう。

 彼女の警戒心を少しでも解いてもらえるように、僕は魔法で地面に植わっている花たちで鮮やかな花冠を作った。

 それを浮かせながら、彼女の頭にそっと乗せる。

 魔法を誰かの前で使ってはいけない、と祖母に散々言われていたが、これぐらいはいいだろう。僕が魔法を使えたことがバレても、相手は巨人だ。

 はみ出し者同士、仲良くしよう。

 エヴィは初めて魔法を見たことが嬉しかったのか、それとも花冠が嬉しかったのか、満面の笑みを僕に向けた。

  花のように笑う子だと思った。

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