第15話 おそらく野盗さんの正体

 ルミエさんとマックスさんが前に出ます。私は少し後ろに下がり、彼らの動きを見ました。でも、向こうは弓矢を使っての遠距離攻撃です。冷たい風に混じって、矢の飛ぶ音が聞こえてきます。……もうさせませんけどね。私は防御結界で弓矢部隊を囲み込みました。光の膜が彼らを包み、動きを封じます。


「なんなのだこれは!?」

「身動きが取れぬし、矢も通らん!!!」

「我々にこのようなことをして!!!」


 野盗さんたちにしては随分と綺麗な言葉ですね。私は少し首を傾げました。でも、これだけの野盗が綺麗に言葉を話すなんて……少し違和感を覚えますね。私は彼らの声に耳を澄ませながら、少し考えました。普通、追い詰められた賊というのはもっと罵倒を交えたり、荒々しく暴れるものではないでしょうか? それに、服装も妙に清潔感があります。薄汚れたボロ布ではなく、しっかりとした布地の装備を身に着けている。私は彼らの服に目をやって、少し目を細めました。

 私は杖を弓兵に構えます。すると、私を中心に大きな結界が出現しました。光が広がり、馬車の周りを包むのが見えます。私の意志で、彼らは押しつぶされるでしょう。私は少し力を込めましたね。


「なんと! これは一体!?」

「魔法というのか!? そのようなことは!!」

「あの者は戦場の悪魔と聞く! 捕らえてしまえば!」


 ……悪魔、ですか。随分な言われようですね。私は少し苦笑しました。私は天使なのですが、彼らにとっては「得体の知れない何か」なのでしょうね。それも、悪魔と形容されるほどに。私は光の結界を見ながら、少し複雑な気持ちになりました。

 ルミエさんとマックスさんも接近してくる野盗たちを叩きのめしてくださっています。私は彼らの動きを見ながら、少し感心しました。綺麗な装備に綺麗な太刀筋。野盗を装う気すら感じないそれは……まるで本物を見たことがないみたいですね。彼らの動きには、盗賊が持つような泥臭さや生き汚さがない。ただ剣の型を守ることに必死な動き。つまりは「型に縛られている」。こういう戦い方をするのは、戦場経験の浅い者か、模範演技のような訓練しか受けていない者でしょう。私は少し首を振りました。

 私の結界の前には太刀打ちできる者はおらず、遠距離兵は一掃されました。すぐにルミエさんやマックスさんの加勢もあり、あっけなく鎮圧できてしまいました。私は光が消えるのを見ながら、少し呆れましたね。彼らの動きはぎこちなく、追い詰められた途端、戦意を喪失する者が続出しました。やはり実戦経験がなさすぎる。手加減をしてくださった剣を持たないルミエさんよりも弱そうな方々です。私は少し笑ってしまいました。


「この人たちは?」

「おそらくだが、第一騎士団の新入りだろう。練度も低く経験も浅い」


 なるほど、いくら第一騎士団でもここまで弱くないはずですし、妥当でしょう。私はルミエさんの言葉を聞きながら、少し頷きました。護衛が二人のヒーラーなら、大勢に無勢で押し切れると勘違いしてしまったみたいですね。私は少し呆れました。人間って、時々こういう読み違いをするんだなって。

 私は野盗のリーダーらしき人物の前でかがみ、声をかけることにしました。私は彼の顔を見ながら、少し首を傾げました。


「お名前をお聞きしても?」

「答えられぬ! 名などない! 私はその……そう! 一野盗に過ぎないのだ!!!」


 ……下手くそすぎませんかね。私は少し目を細めました。このあまりにも不自然な言い回し。言葉の選び方が洗練されすぎているというか、貴族のような言葉遣いを無理に崩そうとしているように見えます。私は彼の慌てた表情を見ながら、少し考えました。経験がないのか、それとも単純に即興で考えたせいなのか。どちらにせよ、隠し方が下手すぎますね。

 仕方なく拘束はしたものの、この人数では連れていくこともできません。私は少し息を吐きました。妥協として、このリーダーらしき男性だけ拘束し、残りは装備を没収して放置することになりました。念のため、彼らが私たちを襲わないように、離れるまで結界で閉じ込めておくことで、馬車で逃げることに成功しました。私は馬車の揺れを感じながら、少し安心しましたね。


「問題はこの方ですか」

「……」


 忠誠心が高いのか、何も喋ろうとしません。私は彼の沈黙を見ながら、少し首を傾げました。でも、彼らの装備はどれもこれも一級品です。少なくとも野盗というのは真っ赤な嘘であることは間違いないでしょう。私は彼らの没収した矢に目をやり、少し考えました。問題はこの方にどうやって事実を喋らせるかですね。方法はいくらでもあります。私は少し微笑みました。

 彼の顔をまじまじと観察します。整った顔立ち、手入れの行き届いた髪、指には剣を握り込んでできたタコではなく、むしろ筆を使い込んだ者特有の痕跡が見て取れます。私は彼の手をじっと見て、少し確信しました。……おそらくは書類仕事も多い立場。ならば、私の予想通りでしょうね。


「騎士様、どうかこのメアリーに貴方のお名前を教えてくださりますでしょうか」

「だから言えぬと!!」

「では、騎士様なのですね。所属は第二騎士団でしょうか?」

「な!? 侮辱するでない! 私が平民に見えるというのか!!!」


 ……素直ですね。私は少し笑ってしまいました。ここまでくると諦めたのかとさえ思えてきます。新人の実力を過信したのか、第二騎士団が舐められていたのか。私の護衛にルミエ騎士団長が直々につくとは考えなかったのか。色々考慮できますが、彼は騎士で第二騎士団を見下している。答え合わせもここまでくると簡単でしょう。私は少し目を細めました。


「では、お名前を教えていただけるんですね?」

「それは……」


 私は彼の耳元に近づくと、囁くように告げました。私は少し近づいて、彼の耳に息がかかる距離で話しました。


「どうせ貴方を確保していれば、そのうち第一騎士団の方が解放を求めてきます。しかし、我々は貴方を野盗として拘束してしまえば、騎士など拘束していないと突っぱねることになりますよ? それとも、捨て駒として一生を犯罪者として生きていきますか?」


 言葉の重みを噛みしめるように、彼の表情が変わります。頬に一筋の汗が流れ、喉がごくりと鳴るのがわかりました。私は彼の顔を見ながら、少しドキドキしましたね。彼の中で何かが崩れたのか、あるいは元々心のどこかで覚悟を決めていたのか……しばらく逡巡した後、観念したように小さく息を吐きました。


「わ、わかった。話す。だからその……耳元で囁くのはやめてくれ」


 彼は顔を真っ赤にしながら私の言葉を了承しました。私は少しびっくりしましたね。人間って、こういう反応もするんだなって。


「私は第一騎士団所属の者だ」

「なるほど、では貴方の名前は?」

「……ラウル・ル・クリストフだ」


 ようやく聞き出した名前です。私は彼の名前を聞いた瞬間、心のどこかで確信しました。彼は正真正銘貴族産まれの騎士だ。

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