その④
「な、何で……?」
伊月は困惑していた。とんでもない事をしでかした自分を助けてくれるとは思いもしなかったからだ。やっとこさ息を整う事が出来たアオイは最後に深呼吸をしてから彼の近くで立ち止まった。
「……僕だったらお前の事なんざ見殺しにしている。精々あのお人好しに感謝しておけ。――チェンジ! トランス!」
そう言ってアオイも拾ったスマホを掲げて変身する。青のコスチュームに包まれた麗しい魔法少女が二丁の拳銃を持ってヒナタの援護に回った。
「どうして……?」
「遅ぇよブルー! 遅過ぎて俺が全部片付けちまうところだったぜ!」
「元はあの男なのに……?」
「フン! そんな寝言、僕が来る前に完遂して欲しいものだな! レッド!」
「大嫌いな男なのに何でこんなに……?」
――素敵なの?
「オラァッ!!」
豪快な掛け声と共に放たれたヒナタのアッパーカットが怪物の顎に突き刺さる。脳を揺らされ、地面を転がり、よろめいていた。今がチャンスとばかりに赤の魔法少女は手甲の杭を伸ばして炎を溜め込み、トドメの一撃の準備を始める。
「これで……終わりだぜ!!」
そのまま拳を突き出そうとした瞬間、ピーッという電子音が一体に鳴り響く。すると、赤く猛々しい戦闘服が光と共に消え去り、魔法少女は何の変哲も無い只の人間の女の姿に戻ったのだった。
「なっ、何だこりゃ!? 急に変身が解除されちまったぜ!?」
「し、しまった!! SPPが尽きるとシャルティエイルの姿を維持出来なくなるんでした!」
「ばっ、馬鹿か君はっ!? そんな大事な事を何故早く言わない!? それよりもSPPって何だ!?」
「す、すみません……!! 何せ戦い続きで説明する尺が追いつかなく……あっ!! ヒナタさん危ないっ!!」
「あ? ――うぁっ!!」
思いがけないアクシデントに困惑するヒナタ達。そうこうしている間に体勢を立て直した怪物は、何の変哲もないただのか弱い女になったヒナタを大きく殴り飛ばした。
「ぐうぅっ……!!」
思い切り地面に叩きつけられ、何回転かした後に少女は伏せたまま激痛に悶え、呻き声を漏らした。
「レッド!! くそっ!」
アオイは二丁の拳銃を乱射し、標的をこちらに向かわせる。だが彼女の本領は遠距離からの射撃。素早いスピードによって肉弾戦を繰り広げようとしているゴキブリ相手には圧倒的に不利な相手である。
「ホホホ、今の内にデバイスを――」
「させるかっ! ……くっ!」
遠くで眺めていた女が吹き飛んだ衝撃で落としてしまったスマホを拾い上げようと地に足を着け、ゆっくりと詰めていく。無論アオイがそれを阻止しようとするも、目の前の怪物に阻まれてしまう。
「やらせる……かよっ……!!」
「――っ!!」
殴り飛ばされた際に頭を強打したからなのか、額から血を垂らし、泥と擦り傷だらけで見るからにも痛々しい姿だった。
だがヒナタはそんなボロボロの状態でありながらも身体を這いずって落としたデバイスを拾おうとしている。
自分が動けば、あんな風に痛い思いをするかもしれない。最悪、死ぬかもしれない。そう考えると足が震え出して、満足に動かす事が出来ない。怖くて、今にも逃げ出したい位だ。
「う……うわあああおおおあああ!!!」
だがそれでも、伊月は太腿を思い切り何度も殴りつけながら立ち上がり、奇声ともとれる雄叫びと共に走り出し、女よりも先にスマホを拾い上げた。
「あら……誰かと思えば。……寄越しなさい。痛い目に遭わせるだけじゃ済ませないわよ」
「絶対に渡さない!! 渡すもんかっ!!」
「……アンタに何が出来るの? 変身も出来ないクセに。臆病者の
――女々しい。その言葉にどれだけ打ちのめされてきた事か。
――口を開けば皆が言う。女みたいだ、と。男の癖に、と。女っぽいのがそんなに悪いのか? 男らしい生き方を勝手に押し付けて、男らしくない生き方をこぞって馬鹿にする。だから男として生まれてきた自分を恨んだし、男という存在を憎んだ。――それでも。
「バカかお前はっ……! 危ねーから……! 向こう……行ってろ……っ!」
「何をしている向井伊月! 早く逃げろ!」
「……嫌だ!」
――本当は逃げてたのかもしれない。世の中にはクソみたいな雄ばかりじゃなくて、心優しい男の人も少なからず居るって現実に。現に本来なら自分の事で精一杯の筈なのに、こんなどうしようもない人間相手でも守ろうとする男達は居てくれた。――本当に、嫌になる。だって……。
「諦めたくなくなるじゃん……! あの二人を見てると……世界は、思ったより悪いものなんかじゃないって!!」
――今度こそ逃げない! 今までの弱い自分から! 男だ女だと決めつけて、諦めていた自分からっ!!
「……あぁそう。遺言は……それでいいかしらっ!!」
手に持っていた鞭を大きく振り上げ、伊月の脳天目掛けて振り放とうとする。今にも彼の頭に落ちてきそうな瞬間、突如として何かが閃光の如き速さで射出され、女の掌を打ちつけて伊月を守った。
「シャルティ・デバイス……! 何故コイツに……!?」
危害を加えようとしていた女を払い除けたのは、伊月がくすねたものとは別のデバイス。それが彼の目の前で佇み、まるで使えと言っている様に見えた。
「雷のシャルティエイルが貴方を認めた様です」
「えっ!? なっ、何!? てか何で猫が喋ってんの!? マジエグちでアリエナイんだけど!?」
気安く肩に乗ってくる猫を模った何かが日本語を喋っているので伊月は思わず驚いた。そんな事知った事ではないとばかりに獣は黄色に輝く宝石を何処からともなく取り出した。
「向井伊月さん、でしたよね。私はヘルム。貴方にはシャルティエイルになれる素質こそありましたが、彼女達と融合する為の精神が追いついておらず、変身出来ない状態にありました」
「シャルティ、エイル?」
「……詳しい説明は後です! 直ぐにこのジュエルをデバイスに嵌め込んで変身を!」
「……おけまる水産!!」
ヘルムと名乗るものから宝石を受け取り、言われるがままに伊月は宝石を端末の窪みに嵌め込む。するとあの掛け声が頭の中で響いてきたので天高く掲げて力強く叫んだ。
「チェンジ! トランス!!」
伊月の身体が光に包まれる。活発そうな日焼けした肌に細身ながら筋肉質で、見るからに健脚そうな下半身を兼ね備えた身体付きになっていく。
鮮やかな黄金色を基調とし、彼女の一際大きい太腿を強調する様なホットパンツと割れた腹筋を魅せつけるべくヘソ出しチューブトップ状のトップスが装着され、染めた金髪は伸びて三つ編み状に結ばれる。最後に鋭利なクナイが両手に握られ、変身は完了となる。
「そりゃーっ!!」
二丁の拳銃を盾にしているアオイだが今にも押し負けそうになっている。そんな彼女を援護するべく、イツキは人間時の走力を遥かに凌ぐスピードで駆けつけ、怪物目掛けて一閃を放った。
「痺れる雷で切り裂く! シャルティ・イエロー!」
「お前……向井イツキか!?」
「おのれ……! 雷のシャルティエイルまでもがっ……!」
斬りつけられ思わず引き離されたゴキブリ。金切り声と共に標的をイエローに変えて突進するが、元から備わっていた身体能力が更に飛躍したイツキの前では攻撃どころか触れる事すら叶わない。
「何処見てんの? こっちだよー!」
大きく跳躍し、回避と同時にイエローは怪物の肩に着地する。振り落とそうと身体を揺するが彼女の驚異的な体幹の前ではバランスを崩す事すら出来ない。
「そりゃそりゃっと!」
その場で宙返りをしながらバツ印を刻む様にクナイを交差しながら切り裂く。そして空中で体勢を整えた後、仰け反ったゴキブリの背中目掛けて勢いよく脚を伸ばして大きく蹴り飛ばした。
「へへっ! シャルなんとかってマジ凄いじゃん! じゃあ次は――」
「遊んでる場合か! さっさと決めろ!」
「わっ! そんな怒鳴らないでよ!? ……ハイハイサクッとやっちゃうからね!」
不利と判断した怪物が地を這いながら撤退しようとしている。まるで本物のゴキブリの如く瞬発力だが、イエローの神速の前では無駄な抵抗に過ぎない。
「逃げちゃ駄目だ、よっと!」
イツキは逃亡する怪物目掛けて一本のクナイを投擲。見事に背中のど真ん中に突き刺さると、素手になった彼女の掌から電気が迸る。そこから稲妻が走り、クナイの柄の部分へと辿り着くと、ゴキブリは感電し、痙攣して動きが鈍くなった。
そして電気をゴム紐の様に縮ませ、刺さっていたクナイを手元へと手繰り寄せた。
「これで……決めちゃうよっ!!」
両手に力を込めると、クナイの両刃にオーラの様な電気が迸る。イエローが地面を念入りに踏み締めた後、大地を思い切り蹴りつけた。
凄まじいスピードで一気に肉薄し、防御させる間もなく二振りのクナイで両断した。
「グギャガガガガガガガガガガガッ――――!!!」
斬り裂かれた怪物は雷鳴に打たれ痙攣する。そして閃光と共に消滅していったのだった。
「おしゃおしゃー! ブイッ!」
「キィィッ! また陛下に怒られちゃうじゃない! 覚えてなさいよっ!!」
捨て台詞を吐いた女は一瞬の内に姿を消してしまった。だが今はあんなのに構っている場合ではない。イツキは変身を解除し、怪我をしているヒナタの所へと急ぎ向かった。
「よぉ……終わったみてーだな」
「原田クン! 大丈夫!?」
「こんなの唾付けてりゃ治る」
「本当に大丈夫なのか原田ヒナタ? あまり無理をするな」
満身創痍の筈の彼女は額の傷を押さえながら何ともなさそうに向かってきていた。冷酷なアオイもヒナタの痛々しい姿に少しばかり声色が優しくなっていた。
「んだよ、森若のクセに気色のわりー事言ってんじゃねーよ」
「なっ!? 人が折角心配してやってるのに何だその言い草は!? そもそも君はだな――!」
さっきまで息を合わせて共闘していた筈なのに啀み合う二人を見てイツキは呆れていた。
――本当に男ってのはしょうもなくて、乱暴で、やかましくて。……でも。
「……ヒナたん! アオっち!」
「ひ、ヒナたん?」
「アオっち?」
――この二人なら好きになれそうかもしれない。イツキは喧嘩しているヒナタとアオイの間に割って入って馴れ馴れしく肩を組んだ。
「ねーねーオレの活躍見た!? 見たよね!? これからもシャルティ・イエローとして頑張るからさ、オレも仲間に入れてよ〜!!」
「……ったりめーだろ。これからも頼りにしてるぜ、向井」
「……ふん。僕達の足手纏いにはなるなよ、向井イツキ」
これにて一件落着。予鈴が鳴る前にさっさと学校に戻ろうとした時、突如として腕を掴まれる。それもまるで男の様に力強くて、振り解けない程だ。嫌な予感がしたので恐る恐る振り返ってみると、男に戻った緋奈太が空いている方の手を強く握り締めて今にも殴り掛かろうとしているではないか。
「早速だが仲間として受け入れる前のケジメとしてオメーをブン殴らせて貰うぜ」
「えっ!? ちょっ、ま、待ってよひなたん! スマホ盗ったのは謝るから! お願いだから叩かないで! ねっ! ねっ!?」
「待て原田緋奈太。僕の分も合わせて二発が妥当だ」
「あおっちまでっ!? そもそも女の子を叩くなんて――」
「テメェの都合で男と女を使い分けてんじゃねぇよ。いいから気合い入れろ」
――やっぱり男は乱暴だから嫌いだぁぁぁ!!
悲痛な叫びと共に軽快な打撃音が二回響いた。
イツキは涙を浮かべて拳骨を受けた箇所を擦っていたが、緋奈太と葵の後を何処か嬉しそうに追いかけていったのだった。
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