第19話 幼馴染みのカイ。
「カイ·バーナード,長ったらしいからベルトゥスでいいっていってんだろ。……忘れてたのは悪い,入っていいぞ」
「人の寝室に勝手に許可与えないでくれる?」
蘭華がカイ,と呼ぶと,カイは足取り軽く入ってくる。
私の記憶そのままの彼に,突然のことで驚いてしまった私。
思わずカイ! っと言ってしまいそうな所を,片手で押さえ込んだ。
「わお,綺麗なねぇちゃんだな。いくつ?」
私が元々知っていた年齢の頃とは少し変わっているものの,前世で再開した彼とは当たり前だけどちっとも変わってない。
戸惑うことも怒ることもなく,ただくすくすと笑うだけの私を,皆は不思議そうに見た。
カイ·バーナード。
幼少期,お母さんがまだ生きていた頃。
近所に住んでいた,私の唯一のお友達。
「久しぶり,カイ」
面食らった顔のカイは,何度見ても飽きない。
素直で可愛いとさえ思う。
「凛々彩? どういう意味?」
蘭華は,カイは蘭華とベルトゥス,餌付けに成功したアンナ以外にはフルネームで必ず呼ばせるのだと説明した。
内気だった幼少期と,明るかった前世のカイしか知らない私はうまく飲み込めなくて,こてんと首をかしげる。
カイがまだ目を丸くしていたので,私はもう一度だけ話しかけてみた。
「分からないの? いくつと聞いたけど,同い年よ。……前はうちの店のお花でブーケを作って,私にプロポーズしてくれるとまで言ったのに」
前世では直ぐに思い出してくれた。
だから昔の可愛い誓いの話は出さなかったのに。
あんまり思い出してくれないから,恥ずかしいだろうと思いながらも口にしてしまう。
口を尖らせる私に,ベルトゥスと蘭華は過剰に反応した。
ふいにカイが私に接近して,顔をまじまじと見つめてくる。
鼻先がこつんと当たって,カイは蘭華に引き剥がされた。
「ってぇ。んー,リリー?」
甘く聞こえるほど柔らかく。
カイは私の名を呼んだ。
細まる瞳が既に確信していて,信じられないようでいながらも嬉しそうに見える。
私は子供に戻ったような気持ちで,うんと頷いた。
「でも,あだ名にしてもりりーだって言ってるでしょ?」
「ちょっとの発音に厳しすぎ。ふはっ,やっぱりリリーだ」
和やかになった空気を,ベルトゥスの戸惑いが裂く。
「え,ちょっと待ておい。カイ,お前いつの間に凛々彩とそんなに」
「いつの間にじゃねぇよベルトゥス·ボーン。もとは東にいたんだって話したろ? そんときの今や他人が住んでる家が,凛々彩の家の目の前だったんだよ」
なーと少年のような声で同意をもとめられて,私はええと頷いた。
「嬉しいわ。確か,商売人のお父さんに引っ付いて引っ越してしまったのよね」
前回,カイと逢ったのはたまたまだった。
暇すぎて組織をサボって旅行に来たというカイが,お腹を空かせてアンナを訪ねるという突っ込みどころの多い事件がきっかけだった。
誰より自由で自分ならどこまで許されるかを心得ているカイは,アンナも蘭華もベルトゥスさえ笑って許したらしい。
あら……?
「カイ,どうしてここに?」
今回はとつけそうになって,私は慌てて誤魔化した。
カイが生まれて直ぐ病に倒れた母親に続き,父を亡くしたカイが組織の一員なのは知っているけれど。
「ベルトゥス·ボーンに拾われたんだ,俺。そんで割りと役に立ってんだけど。リリーの居場所見っけたのが俺だから,蘭華に褒められるために呼ばれたんだよ」
蘭華に呼ばれて,わざわざご馳走目当てに来たのねと笑ってしまう。
「……え? カイが見つけてくれたの??!」
「そー,突然叩き起こされてあっちこっち探したわけ。でも探し人がリリーなら,うっかり手抜きしないで良かったよ」
けらけらと笑うカイは,任務放棄の常習犯。
ほんとに私は運が良いとしか思えない。
「え,てかリリーだったんだよね? 拐ったやつと組織ごと潰しに行かなくちゃ」
カイは笑顔で怖いことを言った。
前世でもたまにあるこの悪癖は,本気なんじゃと思ってしまうから治してほしい。
「あぁそうだ,ベルトゥス·ボーン? それなら話は変わるんだよ,さっきは長い上に興味なかったから割り込んだけど……なに俺の大事な子にちょっかいかけてんの? 殺すよ」
低まった声,せせら笑う口調。
なのにまるでぶちギレたかのように浮き出るこめかみ。
「カ,カイ?」
「あぁ,なに? リリー。あの頃お互い友達いなかったもんね,憶えててくれて良かった。俺,ここに移ることにしたから,よろしくね」
前世も軽く言って,ベルトゥスの許可を本当にもぎ取ってしまったんだっけ。
「なに勝手に決めてるの? 僕は突然理解の範疇を越えた君をテリトリーに置いておくなんて,普通に嫌なんだけど。ベルトゥス,君が何とかして」
お前の部下だろと,蘭華はベルトゥスを見る。
えっと声をあげそうになった私は,にこりと笑ったカイを見ていた。
「ベルトゥス·ボーン,俺があんたの尻拭いで動いたってこと,忘れた? 蘭華,俺は蘭華にもてなされにわざわざ来たんだけど?」
「もてなすとは言ったけど,何日も面倒を見るとまでは言ってない。寧ろ今は今すぐ帰ってほしいくらいだ」
カイがやれやれと首を振って,子犬のような憐憫を誘う目で私を見る。
何の権限もない私は困ってしまって,蘭華を見た。
「蘭華……だめ,かしら。カイの気が済むまででいいの,生活費は私の財産から出すわ」
だって,折角また逢えたのに。
それに,カイの動きは俊敏で,何より強い。
情報にも通じているし,勘だって働く。
前よりも明確に蘭華と過ごして貰えば,危機さえ伝えておけば。
もしかしたら前回のような瞬間がくる前になんとかしてくれるかもしれない
おずおずと見上げると,蘭華はいかにも嫌そうに眉を寄せて。
ため息をついたあと,許可を出した。
「いいよ。その代わり,少しでも妙な真似したら追い返すから」
「ああ,それでいいよ,蘭華」
カイは満足げに,口角を上げた。
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