第4話 死の床にあるルイーズ・ヴェルネ
妻が余命宣告を受けた。一年だそうだ。病名は伏せておこう。しかしまだ妻は若く、持病はあったがここまで酷いとは思わず私は衝撃を受けた。妻は自分の病気が酷いのはわかっていても残された時間がこれほど少ないとは思わなかったらしく茫然としていた。
一年の間に何がしたいかノートに書いてほしい、できるだけ叶えるから、と言うと沢山書くのかと思っていたのに書いたのは一つだけだった。
“このまま綺麗な姿で死にたい”
予想外だった。妻のことだ、あれもこれもやりたい絶対叶えろとでも言うかと思った。それを叶えるのが自分の役割だと思ってきた。だから今までも大抵のことは叶えてきたつもりだった。
妻は綺麗な人だった。付き合いだした頃も結婚した時もお前には勿体無いと何度言われたことか。誰もが憧れる人であったのを自覚していて酷く美醜に執着していた。そんな彼女がどうして自分を生涯の伴侶に選んだのかさっぱり分からない。不倫なんてされたことないし、男性に言い寄られてもきっぱり断っていた。自分にはひどく我儘だったけれど、その我儘を大抵許してしまうほど自分は妻に甘かった。
ただ、今回ばかりはその願いを叶えられずにいた。彼女の笑顔や満足した顔が見たい為に我儘を叶えてきたからだった。妻の為と言いながら結局は自分の為だったのだ。今回の願いを叶えれば彼女はひどく満足するだろう。しかし二度と自分は自分の欲求を満たすことはできない。
結局、彼女の願いを叶えることができずに何ヶ月も経った。彼女は毎日毎日、いつ叶えてくれるのよ。と言う。それをはぐらかすというのが日課になってしまったし、彼女も最初は睨むだの、聞いてる?と怒り出すなどしていたが、最近は言うだけ言って満足しているようだった。会話をする人がめっきり減った彼女からしてみれば怒ることも体力を使うことだと気づいたのかもしれない。兎に角以前よりも微笑むことが増えた。心の底から笑顔になることは少なくなった。
ある日の昼下がり、彼女がベッドで仰向けに横たわっている姿を見て息を呑んだ。窓から差し込んだ日の光が青白い顔を照らした。少しずつ歩み寄ってその生気を失った顔を覗き込む。その瞼がゆっくりと開いた。影になったその顔が不思議そうにこちらを見てふっと微笑んだ。
寝ていただけだと分かった瞬間、少しの失望を覚えていることに気づいてしまった。
『死の床にあるルイーズ・ヴェルネ』
1846年、妻であるルイーズ・ヴェルネの死から立ち直れないほどの衝撃を受けてポール・ドラローシュが描いた。
ルイーズは美しさと聡明さを兼ね備えていたという。
彼女の父親のオラース・ヴェルネが1851年に描いた絵画である『死の天使』は彼女の死を寓意するものと考えられている。
パリスグリーン みあ @Mi__a_a_no_48
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
月待紫雲のゆるレビュー/月待 紫雲
★69 エッセイ・ノンフィクション 連載中 46話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます