第2話 夢魔
近所から立派なお家、と言われるような家でも祖父母や両親から受け継いだ骨董品だらけの家では本人たちにとってはあまり良いものでもなかった。住んでいるのは三十後半の男とその十歳下の妻。近所でもいつも一緒にいる仲良し夫婦という評判だった。
本人たちはというと、この仲の良さが茶番であるとお互いわかっていたが、かといって険悪な空気を家に充満させるのはお互いのためにも避けるべきだと思っていたので家の中でも外でも仲の良い夫婦を演じ続けていた。十も歳が違うと価値観が合わなかった上に、そもそも性格もあまり相性が良いとは言えなかった。夫の方は神経質で、妻の方はどちらかといえば楽観的で軽い性格だった。
そんな彼らがどうして結婚したのかといえば、女の方は金が必要だったし、男の方は親からの結婚の催促が酷かったからであった。付き合っていた期間がそんなに長くはなかった為にお互いの価値観の擦り合わせをしないまま結婚したのであった。
妻の方は耐えられず不倫をしていたが、夫は問い詰めるでもなく見て見ぬふりをしていた。しかし彼女は専業主婦であり、彼女の交際費を稼いでいたのは夫であった。最近不倫相手の生活費を彼女が出していると知り、流石にこれは目をつぶるわけにはいかなかった。彼女が仕事を辞めると言い出した時もあまり良い気はしなかったが、彼の母親がそれに賛成したので渋々了承した。彼は他人と言い争うということを極端に嫌う人間だった。
その日は年の瀬ということで朝から物置の片付けをすることになった。価値があるから捨ててはいけないと言われているので片付けといっても掃除と整理くらいになりそうであった。祖父の知り合いの芸術家の作品がほとんど物置を陣取っていた。ここは物置というより彼の祖父のコレクション保管場所と言った方が正しい。
「ここはいつ見ても埃っぽいし不気味。でも捨てちゃダメだもんね。いっそのこと売っちゃえば? 」
「あまりに多いから断られるんだよ。まあ売るとしても父さんたちが亡くなった後になるだろうけどね」
そんな会話をしながら片付けを進めていたが、彼は奇妙な置物を見つけた。少々疲れたので腰掛けた使われなくなったソファの横にあったのだ。この物置の中では奇妙な置物なんて珍しくもないが、妙な既視感に襲われた。木彫りの猿のような置物だった。
「なぁにそれ、ちょっと気持ち悪い。この馬の絵も」
彼女の目線の先には目玉がぎょろりとした馬の絵が掛けられていた。その構図に彼は何故かやはり既視感を覚えたが、それをどこで見たのか、またそれが何かということは全くわからなかった。
夕方になった頃、彼は片付けがひと段落したので妻の方はなにをしているのかと探しに行った。すると、先程のソファに仰向けで寝ていた。ソファが小さいのか肘掛けから首が少し落ちていた。彼は自分の手から何かが滑り落ちそうなことに気づき咄嗟に手を握りしめた。何の為にどうしてここにあったのか分からないが、ナイフが無造作に置いてあったので自室の引き出しにでも入れて保管しておこうと思い持ち出したのであった。
ふと、そのナイフを見つめる。目の前の光景の既視感にやっと納得した。置物も絵もそのまま置いてあった。彼は思った。既視感の正体がこれならばこうするのが正解だろう、と。
およそ絵画とはかけ離れた姿になってしまったが、様相だけならそれらしい。
『夢魔』
1781年にヘンリー・フュースリーによって制作された油彩画。腕を下に投げ出して金縛りのような状態で眠る女性、女性の胸の上にしゃがんで座る悪魔のような猿に似た夢魔が描かれている。夢魔と牡馬の頭は当時の悪夢についての信仰と民間伝承を表している。 女性は仰向けに横になり、まるで死んでいるように見え、この姿勢は悪夢を助長していると考えられる。一般的に夢魔とは、古代ローマ神話とキリスト教の悪魔の一つで、淫魔ともいう。夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔。
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