転移聖女の遺産は孫娘に引き継がれる
ページを捲っても捲っても、平凡だけど真の強い男子と一見不良ぽいけど繊細なところもある男子が想いを通わせる物語が終わらない。書き損じとか寝落ちの跡とか、ボツかなにかでページを破りとった跡もあるから結構ガチで執筆してたやつだこれ。余白にやたら独り言みたいな書き込みもあるし。
おばあちゃんの生きた証に触れたいと願ったのはわたしだけれどこれは正直見なかった事にしたい。身内のオタ活を見るのも気まずいけど身内にオタバレするのだって相当きついはずだ。前世の記憶がなければ絶対解けない封印をまさか身内が解くなんて天国のおばあちゃんだって予想していなかったに違いない。
ため息ひとつ、わたしは本を抱いてバルコニーに出た。
葬儀の時の雨雲は去り、高い空に星が瞬いている。これなら天国のおばあちゃんに本を届けられそうだ。わたしは指先に魔術の炎を灯しそっと本に近づけた。
火を灯す術はわたしが初めて覚えた魔法。見せてあげるとおばあちゃんはわたしを抱きしめてくれて、いっぱい頭を撫でてくれた。
あの手が紡いだものを。
もしも本当に見られたくないならおばあちゃん自身の手でいつでも処分できたものを。
このまま消し去っていいのだろうか。
わたしは炎を消してもう一度ページをたぐる。前世の記憶と照らし合わせながら読んでみると、さっきは分からなかった違和感に気づいた。
日本語で書かれた、日本を舞台とする小説。
けれどこの作品にはSNSもスマホも存在しない。前世は令和の女子高生だったわたしにとってそれは違和感を覚えるものだった。
スマホが登場しないのは作者がそれを知らないせいだ。
作者はたぶん前世のわたしのお母さん世代だろう。十代で日本と切り離され、死ぬまでずっと異世界で暮らしていたおばあちゃんに日本の技術の進歩を知る術はない。
『帰りてえー(泣)』『強気受け萌える』
余白に書きなぐられた独り言にはひとりぼっちの女の子の泣き言がにじんでいた。誰にも理解されないものをひたすらに書きつづり、言ってもどうしようもない弱音を紙に吐き出し、わたしたちの前では自由な女傑であり続けた。
「おばあちゃん……」
涙が落ちてインクがにじまないように目尻を拭う。
もっと早く前世を思い出せばよかった。オタバレして気まずい思いをするのだってしばらくすれば笑い話になる。令和の日本の話をしたらきっと目を輝かせただろうし、どっちかというとわたしは強気攻め派だから論争だってできただろう。
いろんな話をしたかった。
この世界でたったひとり。
わたしだけがおばあちゃんの孤独を受け止められたはずなのに。
おばあちゃんにはもう二度と会えない。
星がまたたく空の下、わたしはおばあちゃんの生きた証を抱きしめて泣いた。
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