第2話 初めての異変

翌日、学校は普段通りに始まったものの、空気はどこか落ち着かない。登校する生徒たちは誰もがスマホを片手に、SNSやニュースを必死にチェックしている。


「昨日のあれ、マジだったらしいよ」


廊下や教室内でそんな声が飛び交い、街中で見つかったモンスターや新たに出現したダンジョンについての噂がどんどん広がっていた。特にSNSでは、誰かがモンスターを倒した瞬間の動画や、倒した後に現れる「ステータス」が話題をさらっていた。そこには「レベル1」とか「筋力E」といった、ゲームのような情報が並んでいる。さらに、レベルが上がると魔法が使えるようになるという投稿も拡散されており、興奮が冷めるどころか加熱している。


「おい、知ってるか? 学校近くにもダンジョンができたらしいぞ」


「え、どこ?」


「駅の南口! めっちゃ近いじゃん!」


昼休みになると、そんな会話があちこちで聞こえるようになった。いつもの友人グループも例外ではない。


「なぁなぁ朧、やばくね?魔法使えるかもだぜ。これ女子にモテモテ確定じゃね?」


いつも通り軽口を叩く健だが、どこかその話題に引き寄せられる自分がいた。だが、現実味のなさと危険な匂いに、簡単に同調する気にはなれなかった。


「放課後にちょっと見に行かないか? ダンジョンだぜ!」


東雲明しののめあきらが口をはさむ。彼は野球部のエースで2年生ながら4番打者。プロも注目する選手である。しかし、実はかなりのオタクだ。特に異世界小説を愛読しており、その共通点で朧と親しくなった。


「いや、ダメでしょ。危ないわよ」


八戸瑞希はちのへみずきが言葉を挟む、腰まで届く黒髪とロングスカートという、いまどき珍しいスタイルの彼女。スケバンのような風貌とは裏腹に、幼なじみの健に振り回されることが多い。


「そんなこといって、瑞希が一番興奮してるくせに~」


「健!うっさいわね!そんなことないわよ!魔法なんてこれっぽっちも興味なんかないわよ!」


「まぁまぁ、2人とも落ち着きなって」


「朧!あんたは逆に冷静すぎよ!小さいころから好きだったじゃない!魔法よ!魔法!」


「ほれ、瑞希が一番興奮してんじゃねぇか」


「うっさいわね、健はおとなしく女子のケツでも追っかけてなさい!」


「あっはははははは。でもレベル上げて魔法とか使えたらめっちゃカッコよくないか?」


(朧も明の意見には概ね賛成だった…)


「だろ!だろ!それにこういうのはスタートダッシュが大事じゃんか!もしSNSがバズれば、人気者になって人生勝確だぜ!野郎ども行くぞー!」


「「おー!」」「ぉー…」


ダンジョンに行く気満々の3人、平静を装っているつもりだろうが、頬がにやけている瑞希を尻目に朧は虚勢を張る。


「俺はいいや。また明日な」


「なんだよ!ノリが悪いな!ブー!ブー!」


「「ブー!ブー!」」


小学生のような彼らに半ば呆れつつも、朧は少しだけ心が揺れていた。魔法やステータスが現実になる世界。そんな非日常に惹かれる気持ちを完全に否定できない自分がいた。だが、現実味のなさとなんとも危険な匂いに、簡単に同調する気にはなれなかった。


午後の授業も落ち着かなく、教師たちはどこか上の空で、授業の進行は遅れがちだ。学校内での異常な空気は、時間が経つほどに強まっていった。


最後まで文句垂れる3人から逃げた帰り道、朧は通りすがりの交番で、警察官たちが慌ただしく動いている様子を目にした。防護服に身を包んだ集団が道路を封鎖しながら何かを運び出している。その先に目をやると、緑色の体表を持つ小柄な異常生物が転がっていた。


「あれ、まさか本物の……ゴブリン?」


朧の知識の中にあるファンタジーの存在と一致していた。恐怖と興奮が入り混じった感情が胸を締め付ける。


「君、ここは立ち入り禁止だ!」


背後から警察官に声をかけられ、朧達は慌ててその場を離れた。


その夜、家に帰り、ニュースをつけるがゴブリンについては「未確認生物」として報じられる程度で、真相にはほとんど触れられない。だが、ネットでは異世界のような現象だと信じ始める声が圧倒的だった。


「ステータスとか魔法とか、なんだよそれ……」


朧はスマホを握りながら、目まぐるしい変化の兆候にぼんやりと圧倒されていた。


世界が徐々に、何か取り返しのつかない方向へ向かっているのを感じながら…

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