第1話 突然の崩壊
2024年12月19日、いつもと変わらない朝だった。
冷え込む冬の空気が辺りを包み込み、白い息が空へと溶けていく。
「あーあ、魔法使いたいなぁ……異世界転生とか起きてくれよ」
現実逃避じみた欲望を呟きながら支度を済ませ、朧は家を出た。
十字路を渡り、いつものコンビニへ向かう。自動ドアが静かに開き、店内にはお決まりのBGMが流れている。棚から雨印のコーヒー牛乳を手に取りレジへ向かうと、いつもの店員のおじさんが笑顔で迎えてくれた。
「いつもありがとうね。黒糖いるかい?」
「ありがとうございます。いただきます」
渡された黒糖を手に取りながら、朧は思わず小さく笑みを浮かべた。今日は少しだけラッキーな気分だ。店を出てコンビニ前で腐れ縁の幼馴染を待つが、約束の時間を過ぎても現れない…ため息をつきながら今日もまたSNSを漠然と漁る。
ようやく現れた幼馴染は、「悪ぃ悪ぃ」と軽薄な笑みで呑気に言い訳を並べている。適当に相槌を打ちながら歩き出すが、朧はどこか上の空だった。
通学路には、人より猫の数が多いことで有名な路地があり、猫たちは気ままに日向ぼっこをしている。その横ではやつれた顔の社会人たちが足早に通り過ぎていく。路上に掲げられた歯科医院の広告には、生き生きとした笑顔のおじさんが映っているが、その作り物めいた表情はどこか滑稽で不自然だった。
幼馴染が延々と女子との自慢話を続ける中、朧は平凡な日常への不満と、平和が1番である…と変化や挑戦を望む気持ちが微塵もない自分自身への不甲斐なさに苛立っていた。
今日もまた、刺激的なモノへの憧れと平穏な日々への執着が常に相反する形で心を支配している。
そんなことを考えているうちに
高校2年生の12月ともなれば、否応にも大学受験や就職など将来について考えなければならないが、その熱とは裏腹に朧は自身の将来に関して一切の展望を描いていなかった。
教室へ入るとクラスメイトたちは大学受験や将来について熱心に語り合っている。「大学なんか行く意味ねぇだろ」と内心うんざりしながら、窓側最後列の席へ向かった。この場所はクラスの喧騒から距離を置ける唯一の安息地だ。朧はスマホで日課となったネット小説を漁り始める。
昼休みになると教室内が妙なざわめきに包まれていた。「ダンジョンって知ってる?」という話題が飛び交い、朧も思わず耳を傾ける。SNSやネットニュースによれば、「ダンジョン」と呼ばれる奇妙な建造物が都市部や郊外など至るところに突如現れ始めたという。その入り口には青白い光を放つ巨大な扉があり、中には「スライム」や「ゴブリン」などゲームやファンタジーでしか見ないモンスターがいるらしい。
「なんかゲームみたいだよな」
「倒してレベル上げれば魔法とか使えるんじゃね?」
「ステータスオープン!」
「出るわけねぇだろw」
クラスメートたちの笑い声に半ば呆れながらも、朧は胸の奥底で奇妙なざわめきを感じていた。それは不安とも興奮ともつかない感情だった。
放課後になってもSNS上ではダンジョン関連の話題が絶えず、新しい動画や写真が次々と投稿されていた。スマホ越しに映し出される非現実的な光景は映画やゲームそのもので、自分の日常とはあまりにも遠い世界だった。それでも朧は画面から目を離せず、自宅アパートへ帰ってからもずっとスマホを握りしめていた。
夜になると外から騒々しい音が響いてきた。窓を開けると遠くで煙が上がり、人々が慌ただしく走り去っている姿が見える。
「何なんだよ、一体……」
呟きながら再びスマホを見る。SNSには魔法によって壊された建物の様子やダンジョン周辺の異様な光景ばかり投稿されていた。
胸騒ぎがおさまらない。不安とも期待ともつかない感情に飲み込まれながら、朧は初めて実感した。
――世界が少しずつ壊れ始めているのかもしれない、と。
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