第10話 再会と秘密の同盟


 海との衝撃的な再会から数日。


 俺たちの間には、一つの共通目標が生まれていた。

 それは、残る一人……空を見つけ出すことだ。

 とはいえ、やみくもに探すわけにもいかない。

 俺は相変わらず「うつけ」の仮面を被り、海は「美濃から来たばかりの、物静かな正室」を演じている。 表立って動くのは危険だ。


 そこで、俺たちは密かに連携を取り始めた。

 海は持ち前の冷静さと、正室という立場を利用して、侍女たち……特に、信頼できそうな楓という侍女を中心に、城内の女性たちの間で「新しく来た生駒家の姫」に関する情報を集めてくれた。


 一方、俺はうつけの演技の合間に、小姓や若い家臣たちとの他愛ない会話の中から、それらしい噂がないか耳をそばだてていた。


「……聞いたか ? 生駒の姫様、なかなかの別嬪さんらしいぞ」


「ああ。だが、少しお転婆が過ぎるというか……時々、妙なことを口走るとか……」


 そんな断片的な情報が、少しずつ俺たちの元に集まってきた。

 生駒家の姫……吉乃きつの

 そういえば、この間宴席で見かけた、妙に空に似た雰囲気の姫がいた。 まさか、本当に……?


 海が集めた情報も、俺の推測を裏付けるものだった。

 城の奥にある一画で、新しく来た側室の姫が数人の侍女と共に暮らしていること。

 そして、その姫が時折、故郷の「だいち」や「うみ」という名の幼馴染みのことを口にして、侍女たちを困惑させていること……。


 間違いない。 空だ ! 空もこの城にいる !


 俺と海は、互いの情報を突き合わせ、確信を得た。

 あとは、どうやって接触するかだ。

 下手に動けば、俺たちの関係が怪しまれる。


「……今夜、決行しましょう」

 海が、静かだが強い意志のこもった声で言った。


 彼女が事前に調べ上げていた、人目につきにくい城の離れにある東屋あずまや

 そこで落ち合う手筈を整えたのだ。

 空には、海が信頼する侍女・楓を通じて、「正室様からの密かなお召し」として伝えてもらうことにした。


 そして、その夜。


 月明かりだけが頼りの暗い庭を、俺は息を潜めて進んだ。

 東屋には、すでに海の姿があった。

 いつも通りの涼やかな表情だが、その瞳には緊張と期待の色が浮かんでいる。


「……来たか」


「ああ。空は……?」


 俺が尋ねると同時に、茂みの影から、一人の小柄な人影が侍女に付き添われて現れた。

 月明かりに照らされたその顔は……。


「そ……ら……?」

 思わず、声が漏れた。


 その人影……空もまた、俺と海の姿を認め、驚きに目を見開いたまま固まっていた。

 侍女(楓だろう)がそっと背中を押し、空はよろよろと数歩、俺たちの方へ歩み寄る。


「……大ちゃん……? 海……?」

 か細い、信じられないといった響きの声。


 次の瞬間、空はわっと声を上げて泣き出し、俺たちに駆け寄ってきた。


「大ちゃーん! 海ぃー! うわーん、本物!?

 夢じゃないよね!?」


「「空!」」


 俺も海も、たまらず空に駆け寄った。

 どちらからともなく、三人でぎゅっと抱きしめ合う。

 温かい。生きている。

 ずっと会いたかった幼馴染みが、今、ここにいる。


「良かった……無事だったんだな……!」


「心配した……本当に……!」


「わたしも……怖かった……一人で……!」


 涙でぐしゃぐしゃになりながら、俺たちは互いの無事を喜び合った。

 側室だとか正室だとか、信長だとか、そんな複雑な立場なんて、この瞬間だけは頭から消え去っていた。

 ただ、大切な幼馴染みとの再会を、心の底から噛み締めていた。


 しばらく泣いて、少し落ち着きを取り戻した後、俺たちは東屋に入り、改めて互いの状況を確認し合った。


 俺が織田信長に、空が生駒吉乃いこま きつの(側室)に、海が帰蝶きちょう(正室)になっていること。

 それぞれが経験した混乱と不安、そして集めた情報。

 そして、俺はこの世界の「織田信長」が辿たどるであろう未来、本能寺の変について、二人に語った。 家臣の裏切りによる、非業の死。


「……そんな……」

 空は青ざめ、海は息を呑んだ。


「だから、俺たちは生き残らないといけない。絶対に。三人で力を合わせて、その運命を変えるんだ」


 俺の言葉に、二人は強く頷いた。


「うん……やるしかないよね!」

 空が涙を拭って、いつもの明るさを取り戻そうと笑顔を作る。


「ええ。この状況で生き残るためには、協力が不可欠だよね」

 海も冷静に、しかし強い決意を目に宿して言った。


 こうして、その夜、月明かりの下で、俺たち三人の秘密の同盟が結ばれた。


 目標は「本能寺の変回避」と「三人での生存」。 そして、その先にあるかもしれない「戦国スローライフ」。


 それぞれの立場……城主・信長(俺)、奥の情報に通じる側室・吉乃(空)、政略にも関与できる正室・帰蝶(海)を最大限に活かし、情報を共有し、互いをサポートし合うことを誓った。


 連絡は、この東屋での定期的な密会や、信頼できる侍女(楓など)を介して行うことに決めた。


 ようやく再会を果たし、同じ目標に向かって歩き出すことになった俺たち。


 前途には計り知れない困難が待ち受けているだろう。

 それでも、一人じゃない。

 隣には、かけがえのない幼馴染みがいる。

 俺たちはもう一度、互いの顔を見合わせ、強く頷き合った。

 不安よりも、今は未来への希望と、三人で道を切り開いていく覚悟の方が大きかった。


 俺たちの本当の戦いは、ここから始まるのだ。


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