第9話 ニアミス? それとも……


 俺がこの戦国時代、若き日の織田信長として目覚めてから、数日が過ぎた。


 相変わらず俺は、「うつけ者」の仮面を被り続けている。

 家臣たちの前では意味もなく踊ってみせたり、柿を丸ごと頬張ったり(これは普通に美味かったが)、とにかく常識外れな行動を繰り返していた。


 傅役ふやくの平手政秀の爺さんは、そのたびに頭を抱えていたが、知ったことか。

 こちとら生き残るのに必死なんだ。


 うつけの演技は、ある意味で楽だった。

 誰も俺に難しいまつりごとの話なんて振ってこないし、多少おかしな言動をしても「また始まった」で済まされる。

 その裏で、俺は必死に情報を集めようとしていた。

 城の構造、家臣たちの名前と顔、力関係……そして何より、空と海の行方だ。


 あいつらも、この時代に来ているのだろうか? もしそうなら、どこに?


 考えるだけで胸が苦しくなる。

 無事でいてくれ、と祈ることしかできない自分がもどかしかった。


 そんなある日、城に新しい側室候補が来たと、小姓たちが噂しているのを耳にした。生駒いこまとかいう家の娘で、なかなかの美人らしい。


(側室……か。戦国時代ってのは、そういうのが普通なんだよな……)


 現代人の感覚としては全く理解できないが、これも情報収集の機会かもしれない。

 どんな娘だろうか、と少しだけ興味が湧いた。


 その日の夕刻、広間でささやかな宴席が設けられた。父上(織田信秀)の意向らしいが、俺は相変わらず隅っこで奇妙な格好をして酒(のようなもの)をちびちび飲んでいた。


 その時、ふと視線を感じて顔を上げると、広間の入り口近くに、数人の侍女に囲まれた一人の若い姫が立っていた。

 年の頃は俺と同じくらいか。

 華やかな着物を着こなし、顔立ちは……うん、確かに可愛い。

 だが、それ以上に、なぜか妙に引っかかるものがあった。


(あれ……? なんか、どこかで……?)


 明るい雰囲気、くるくると変わる表情、時折見せる仕草……どことなく、空に似ているような気がしたのだ。

 いや、まさかな。

 空がこんな時代劇みたいな格好してるわけないし、そもそも側室候補って……。


 俺がじっと見つめていると、向こうも俺の視線に気づいたのか、一瞬、驚いたように目を見開いた気がした。

 だが、すぐに侍女に促され、広間の奥へと姿を消してしまった。


(気のせいか……)


 俺は首を振り、再び手元の酒に目を落とした。

 だが、心のどこかに小さなトゲが刺さったような、奇妙な感覚が残った。あのお姫様、生駒吉乃とか言ったか……?


 そして、それからさらに数日後。今度は俺自身の大きなイベントがやってきた。

 美濃みの斎藤道三さいとう どうさんの娘、帰蝶きちょうとかいう姫との婚礼だ。政略結婚というやつで、俺に拒否権はないらしい。


 婚礼の儀式は、正直言って退屈で、意味の分からないことばかりだった。

 神主みたいな人が何か唱え、盃を交わし……。

 俺はただ、周りに言われるがままに動いていた。


 そんな俺の隣に座る花嫁、帰蝶。

 噂に違わぬ美貌の持ち主だった。

 白い肌に、切れ長の涼やかな目元。

 豪華な婚礼衣装に身を包み、じっと前を見据える姿は、まるで精巧な人形のようだ。

 だが、その能面のような無表情の奥に、時折、鋭い知性の光が宿るのを俺は見逃さなかった。妙に落ち着き払っていて、肝が据わっているというか……。


(こいつも、一筋縄ではいかなそうだな……)


 政略結婚の相手とはいえ、油断できない。そう直感した。

 儀式が終わり、夜。

 俺たちは、いわゆる初夜を迎えるために用意された部屋に二人きりになった。

 気まずい沈黙が流れる。

 俺はどう切り出したものかと頭を悩ませていた。 うつけのフリは……さすがにここでは通用しないだろう。


 沈黙を破ったのは、意外にも帰蝶の方だった。


「……織田、上総介様」

 凛とした、静かな声。


「は、はい?」

 思わず変な返事をしてしまう俺。


 帰蝶はゆっくりと俺の方に向き直ると、その涼やかな瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 そして、信じられない言葉を口にしたのだ。


「この城の普請ふしん……拝見いたしましたが、もう少し効率的なやり方があるようにお見受けしました。例えば、石垣の組み方や、資材の運搬方法など……」


「えっ……?」


 俺は耳を疑った。

 なんだ、いきなり城の改修の話って。

 しかも、妙に具体的で、現代の土木知識に通じるような……?


 俺が呆気に取られていると、帰蝶はさらに続けた。その声は僅かに震えているようにも聞こえた。


「……それとも、こう申し上げた方が、お分かりになりますか?」


 彼女は一度言葉を切り、深呼吸をした。そして……


「あなたは……緑野大地、でしょう?」


 !!!


 全身の血が逆流し、心臓が喉から飛び出しそうになった。


 なんで……なんで俺の名前を !?


 俺の激しい動揺を見て、彼女……いや、海は、確信を得たのだろう。

 その能面のような表情がわずかに崩れ、瞳に安堵と、そして涙がにじんだ。


「やっぱり……大ちゃん……!」


「う、海……!? 本当に、海なのか!?」


 俺たちは互いの名前を呼び合い、しばし言葉を失った。


 嘘だろ……こんなことって……。


 帰蝶が、海だったなんて!


 衝撃と、そして心の底からの安堵感。ずっと探し求めていた片割れに、こんな形で再会できるなんて!


 だが、喜びも束の間、俺たちはすぐにもう一人の大切な存在のことを思い出した。


「「空は!? 空はどうなったんだ !?」」

 俺と海は、同時に叫んでいた。


 俺たちの戦国サバイバルは、まだ始まったばかりだ。




※ 作者より


現在(12/3) 第43話を執筆しています。

来年の1月10日まで毎日更新予約済みです。

1/1 ~ 1/3 までは一日二話更新します。

引き続き、楽しんでもらえたなら嬉しいです。


すみません。

どうやら間違えて、『完結』ボタンを押していたようです。

誤解させてしまい申し訳ありませんでした。


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