第3話 自堕落な姉

 『明日の小テストの勉強した?』

 時刻は午後11時。リビングでテレビを見ながらうとうとしていると、スマホが鳴った。画面を確認すると甘音からメッセージが届いている。

 「まだしてない。」

 連絡先を交換したあの日から、こんな感じのなんでもないようなメッセージがたびたび届くようになった。

「優陽、あんたなんでスマホ見ながらにやにやしてんの。」

「してない。」

 話しかけてきたのは俺の二つ上の姉。ソファーに全体重を預けた姿は、自堕落という言葉を体現したようだ。

 何かとぱしってくるし、余計な口出しをしてくる。いつもうんざりしているが、反抗はしない。しつこいのだ。「ごめんなさい。」と口にするまで執拗な嫌がらせをしてきた小2の夏からあきらめている。ベッド下に隠した宝物を、夕食の席でばらされた時には母親の驚きの視線と、父親の居心地の悪い咳払いに心臓が止まる思いだった。

「にやにやしてるって。もしかして好きな子?」

 言ってきた姉のほうがにやにやしている。まったく腹が立つ顔だ。

「してない。違う。そっちこそ、毎晩電話してるのは新しい男かよ。」

 男勝りながさつ女である姉には、常に男がいる。相手は短期間でコロコロと変わる。普段猫をかぶっているのだろうが、こんなやつを選ぶとは、センスがないというか、同情してしまう。

「まあーねー。私ってモテるし。」

「自分で言うなよ。」

 こういう自信過剰な発言も、痛々しいところだ。

「自分のいいところは言葉にしないと。自分が一番自分をわかってるし、ほめてあげられるんだから。」

 いつも適当に見えて、芯を強く持っている。こういうところに男たちは惹かれるのだろうか。

「だからって、とっかえひっかえすぎるだろ。」

「そんなことないでしょー。みんなが私のこと好きすぎるだけー。」

 前言撤回だ。この女は芯などというものはなく、最低な自堕落女に過ぎない。

「優陽も、好きな子いるんだったらちゃんとアタックしないとだめだよー。自分から何も行動を起こしてないのに、取られたとか裏切られたとかありえないから。」

 目を細め、口角が吊り上がる。腹が立つ以上に君の悪い笑顔だ。

 気味の悪い姉に気圧され一歩下がる。

「それとも、何かアドバイスが欲しいのかい?」

「余計なお世話だよ。」

「えー、つれない。」

 居心地の悪さを感じ、リビングから立ち去ろうと腰を上げる。

「立つんだったら、ついでに冷蔵庫からお茶持ってきて。」

「それくらい自分で行けよ。」

 文句を言いつつも、素直に従う。早く自室に戻りたい。

 冷蔵庫から麦茶のボトルを出し、グラスに注ぐ。ボトルを戻し、グラスを姉に手渡した。

「ありがと。」

「ん。」

 リビングから廊下に続くドアを開け、廊下に出る。

「おやすみー。」

「おやすみ。」

 廊下を玄関の方向に進み、自室に続く階段を上る。上がりきる前に、スマホが振動した。

『ちゃんと、勉強しないとだめだよー。私もしてないけど…笑』

 甘音からの連絡だった。

「やってないのかよ。」

 軽く笑いそうになったが、姉にのことを思い出し、口に手を当てて、笑いをこらえる。

 もっと真面目そうな印象だったが、意外とそうでもないらしい。いや、勉強していない詐欺だろうか。

 会談を上り切り、自室に入り、ベッドに飛び込む。

「おやすみ。」

 甘音に連絡をし、スマホの電源を落とした。

 直後、スマホが振動し、画面を確認すると、甘音から返信が来ていた。

『おやすみ。」

 まめちゃん先生のおやすみというメッセージつきのスタンプだ。

「本当に好きなんだな。」

 再び、スマホの電源を落とす。今度こそ眠りについた。

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砂糖菓子にシロップを 愛川 白夜 @nina1210

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