第2話 目指せ豆ちゃん先生。
「おはよう!」
「おはよう。」
隣の席に座る甘音は、入学式の日から毎日飽きもせず、元気すぎる挨拶をしてくる。なんで俺なんかにと最初は思っていたが、クラス全員に笑顔を振りまく姿を見た後では、俺だけではなかったのかと、思いあがっていた自分が恥ずかしくなった。
しばらく過ごして、甘音は典型的な優等生タイプだということが分かった。昼休みにまで勉強をして、というわけではないが、人が嫌がる仕事も積極的にといった感じだ。授業態度も良く、テストの結果も毎度上位。運動もできてリーダーシップもある。おまけに、人懐っこい性格で可愛い。まあ、欠点が見つからない。
「優陽くんって、どのコンビニが好き?」
突然、真剣そうな面持ちで聞いてくる。
いや、あった。この脈絡もなく、訳が分からない会話の切り出しをしてくるところ。
「コンビニ?なんで?」
「いいからー。」
しかも、答えないと先に進めない。どこのNPCキャラだとツッコミを入れたくなるくらいに。
「学校の近くにあるやつかな。総菜パンおいしいし。」
「へー!あそこかー。確かにおいしいよね。でもでも、菓子パンもおいしーよねー。」
まるで今食べているかのように幸せそうな顔をしている。この顔を見ていると何となく俺も幸せな気分になってくる。
「そういえば知ってる?コンビニって同じ店が近くにあること多いじゃん。それ、ドミナント戦略って言って、地域内で他社よりも優位に立とうってことらしいよ。」
これもよくしている。急な豆知識。しかも、何の役に立つのかわからないやつ。
「なんでそんなこと知ってんの?」
「私の将来の夢、豆ちゃん先生だから。」
豆ちゃん先生というのは、児童向け絵本・アニメのキャラクターだ。「え、知らないの?」という鼻につくセリフから、雑学を披露する。
「え?」
「ん?」
急に変なことを言うものだからまったく理解ができなかった。本当に変なやつなんだなと改めて実感する。
「豆ちゃん先生ってあの?」
「うん、え、知らないの?」
わざとらしく、小悪魔的な笑顔をした甘音が、鼻につく言い方をマネして言ってくる。うざ可愛いというのがどういうことなのか分かった気がする。
「甘音って結構変だよね。何考えてるかわかんない。」
「え、ひどーい!特に何も考えてないよ。話しかけてくるのうざかったりする?」
想像以上にショックを受けた顔をしているところを見ると、少々申し訳なくなってくる。
「別にそういうわけじゃないけど。何となく見た目とギャップがあるなってだけで。」
実際初めて見かけたときは、清楚なおとなしいタイプだと思っていたが、隣の席で過ごすうちに正反対なタイプだとわかり驚いた。
「そういうことか!よかったー。あ、じゃあじゃあ、一緒に話してて楽しい?」
こういう言い方をしてくるのは、わざとなのだろうか。
「ま、まあ。」
恥ずかしがってきもい言い方になってしまったと、言葉にした後になって後悔する。
「やった!私もすっごく楽しいよ!」
なんで俺にだけ、とまた考えてしまいそうになるが、きっと、みんなに優しい甘音さんだというだけだろう。
話に区切りがついたところでちょうど始業のチャイムが鳴る。
「席に着けー。」
なんともやる気のない声をかけながら教室に入って来たのは、担任である黒沢だ。
最近、黒沢と甘音が休み時間に話しているところをよく見かける。優等生である甘音のやさしさに甘え、雑用を押し付けているに違いない。また、甘音はそれを断ることができない性格なのだろう。
「じゃあ、HR終わり。六時間目は体育祭関係な。」
朝のHRはいつも短い。出席確認という名の、黒沢が教室を見渡すだけの作業と、必要事項をサラッと伝えることで終わる。しかも、伝え忘れが頻発することで、後々甘音がクラスのメッセージを送ってくることがしばしば。生徒に甘えすぎている。
「優陽くんは体育祭何か役割やるの?」
「多分やらない。俺、そんなにガツガツ前に立つタイプじゃないし。」
毎年六月の頭に行われる体育祭では、八クラスがそれぞれの色に分かれ、他学年と協力し、優勝を目指す。二年である俺たちの役割は多くないが、クラスをまとめる仕事はいくつかある。それをやる気はあるのかという意味の質問だろう。
「えー、やってみたらいいのに。」
「そっちこそ、向いてそうじゃん。」
甘音は、入学式の翌日にあった委員会決めで、二月に行われる修学旅行の計画を立てる委員会に立候補していた。希望者がいなかったという点もあっただろうが、優等生な甘音は学級委員に立候補すると考えていたので、意外だった。
「うーん。大変そうだしなー。」
実際、去年の様子を見ていると、主体的に引っ張る三年生でないにしても、大変そうではあった。
「部活もあるし。委員会は…まだ大丈夫か。」
甘音は部活動もやっていて忙しいらしい。本当に設定盛り込みすぎだろうと思う。
「そういえば、部活って何やってんの?」
「ん?バスケだよ。女バス。」
「忙しいんじゃないの?」
「まあねー、でもまあ、時間は作るものだよ。」
親指を立ててどや顔をしてくる姿を見ると、かっこいいというよりも、面白いというほうが似合っていると感じる。こういうところが、設定盛りすぎでも、人を寄せ付ける理由だろう。
六時間目になり、体育祭の役割決めになった。案の上、誰もやりたがらず、黒沢から全員が目を背ける。
「おい、これじゃ帰れないからな。」
いつもこのパターンだ。委員会決めも、最初はすんなりと決まっていくが、後半になるにつれて、面倒くさがる連中しか残らなくなり、誰かがやってくれないかという雰囲気を全員が出し始める。
「はい、私やります。」
隣に座っている甘音が手を挙げた。
朝に話していた時から、何となくこうなるのだろうとうすうす感じてはいたが、やはり想像通りだった。
「また甘音か。お前らは甘音でいいのか?」
これは、『甘音にばかりやらせてお前らは恥ずかしくないのか。』という含みがあるように聞こえる。教室内を見渡す限り、気づいていないやつ半分、気づかないふりしているやつ半分といったところだろう。
全員が一斉に首を縦に振る。
「まあ、全員がいいんだったらいいが。」
そう言いながら黒沢が見ているのは甘音一人だけだ。
甘音は苦笑いを返している。
一瞬だけ黒沢が俺のほうを見て、すぐに視線を教室全体に戻す。
「じゃあ、決まったし、種目決めとか甘音よろしく。終わったら起こしてくれ。」
言い終わるやいなや、眠り始めた。
甘音は俺に困った笑顔を向け、すぐに立ち上がり、教卓に向かって歩きだした。
「それじゃあ、種目決めを始めます。最初はー、リレーからかな?」
いきなり任されたが、きびきびと進めていく姿は、さすが運動部といったところだった。このような場面にも慣れているのだろう。
六時間目の終了のチャイムが鳴り、黒沢が起きたところで、甘音が席に戻った。
帰りのHRもすぐに終わり、部活に行く生徒、帰宅する生徒、遊びに行く生徒が、各々教室を出始める。
「ねえ、優陽くん。」
甘音は声をかけるときに、よくこうして肩をたたいてくる。
端的にいうと異性へのボディタッチに抵抗がない。
「連絡先交換しない?」
「別にいいけど、急にどうしたの?」
「何となく、学校以外でも話したいなって思っただけ。」
少し恥ずかしがったようなそぶりを見せながら言う。本当にこういう思わせぶりな言動は自重したほうがいい。勘違いされてもおかしくない。
「はい、私のアカウント。」
「うん、読み込んだ。フォローしといたよ。」
「ありがとー!あ、やば。部活いかないと。」
せわしなく準備を始める甘音を見ながら、本当に体育祭のことまでこなせるのかと心配になる。
「優陽くんまた明日!」
「うん、また明日。部活頑張ってね。」
一瞬驚いたような顔を見せた甘音は、すぐに笑顔になり、ありがとうと言いながらそそくさと教室を出ていった。
スマホを確認すると甘音のアカウントからフォローが来ていた。メッセージのページを開き、
『体育祭も部活も、無理しないで頑張ってね』
と送った。
夜になり、豆ちゃん先生のアイコンから、豆ちゃん先生の『ありがとう』というスタンプが送られてくる。
「本当に大好きなんだな。」
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