第9話

ニールの推測は正しかった。

イリエルという小さな町に流れた「スキル保持者」がいるという噂は最初の頃こそすぐに広まって話題になったが数週間もするとすぐに下火になった。


ニールたちが約束通り他言せずにいてくれたのと、噂がなくなるまで俺が一人での狩りを控え、ヘンリーたちと行動を共にしていたのが大きかったのかもしれない。


噂を確信づける新情報がでなかったため、「リドル家の三兄弟の見間違いだった」と言うことで話は落ち着いていた。


「すごいね。スキルって初めて見たけどこんなにすごい力なんだ」


俺は今まで隠してきたことの謝罪としてヘンリーとリイナに「操縄」をこっそりと見せた。

二人はその能力に驚いていて、同時に今まで俺の狩りの成果が良かったことに納得したらしい。


二人はスキルを隠していたことを責めなかった。


「すごい力だし、それに伴うリスクもあると思うんだ。だからアクシアがその力を隠したかった気持ちは理解できるよ」


とヘンリーが言ってくれた。

その優しさに救われるとともに、俺はまだ二人にすべてを話したわけでもないことに後ろめたさのようなものを感じていた。


俺たちの生活はそう大きく変わらなかった。噂が収まると俺はまたアレンと狩りに行くようになった。

アレンに「操縄」を隠さなくてよくなったため、二人の狩りの時にもスキルを使えるようになった。

そして俺がスキルを使えば狩りはあっさりと終わるため、その時はアレンが周囲に人目がないか念入りに確認する役をやってくれた。


ニールから噂の話を聞いた時は正直焦ったが、その後は大事にならずにホッとしていた。


そのせいで俺は少し油断していたのかもしれない。


煌びやかな装飾が施された馬車が教会の前に止まったのは俺が狩りを再開してから数日後のことである。


豪華な馬車はぼろぼろな教会にはあまりに不釣り合いで人目を惹く。

孤児院の子供たちもその馬車に興味津々で皆が手伝いの手を止めて馬車を眺めていた。


最初にシスターが応対した。

馬車から折れて来たのは二十歳前くらいの若い男性で金髪を後ろで縛り、腰には剣を差している。


風貌は物騒だが、表情と物腰はやわらかく彼がシスターに礼節をわきまえて話をしているのを遠目で見て俺は少しホッとした。


シスターと男は少し話をして、それから教会の中に入っていく。

応接間に行くつもりなのだろう。


「アクシア、おいで」


中に入る前にシスターが俺の名前を呼び手招きする。俺はおとなしくそれについていった。


応接間に座らされる。隣にはシスターが、目の前に金髪の男が座る。


「初めまして、私はリンド・テステリア。王都シストリアから少し東に逸れたところにあるシャッセンの町一帯を統治する貴族家の跡取りだ」


リンドさんは孤児である俺にもわかるように配慮したのかとても手寧に挨拶をしてくれる。

貴族に対する接し方など前世でもこの世界でも習っていないが彼の礼節に答えるべく俺もできる限り丁寧に挨拶をする。


「初めまして、アクシアと言います。平民の身分なので家名はありません。高貴な方と話をさせていただくのは初めてなので失礼があったらお許しください」


立ち上がり、そう言ってから頭を下げるとリンドさんは驚いた顔をする。


「……なるほど。聞いていたことの信憑性が高まったようだ。いや、気にせず座ってくれ。貴族だなんだと変に警戒しなくてもいい」


促され、再び俺は席に座る。


リンドさんは一つ咳ばらいをした。本題に入る前の合図だろうか。


「単刀直入に言う。君をテステリア家で引き取りたい。つまり、養子に」


この言葉をすぐに飲み込める人はいるのだろうか。少なくとも俺には無理だった。彼の言葉の意味が一瞬わからず、耳を疑った。ぎりぎりのところで動揺を隠した胆力を褒めてほしい。


俺は静かに隣に座るシスターの顔を見た。

驚いているのか、そうではないのか元々冷静なシスターの表情からは伺えない。


「はは……さすがに驚いただろう。まずは事情を説明するために君と二人で話をしたいんだけどどうかな」


リンドさんはそう言って俺に目配せをする。

彼がどういう話を始めるつもりなのかはなんとなくわかった。

このタイミングで来て、わざわざ名指しで俺を呼ぶということは十中八九町で流れた噂が原因だろう。


落ち着いてきたように見えたその噂は流れに流れて王都近くの町まで届いたらしい。イリエルではその後噂がなくなったことを考えると噂の正体が俺であると彼が知っているのは独自に調べたからだろうか。


「シスター、いいですか?」


俺が尋ねるとシスターは頷いてそれから静かに部屋を出て行った。スキルのことはシスターには話していなかった。

老齢な彼女に心配をかけたくないと思ったからだが、こうなった以上それは裏目に出たのかもしれない。


二人きりになると俺とリンドさんの間にしばらくの沈黙が流れる。リンドさんは俺を見定めるかのように眺め、俺はこれからどうするべきかを悩んでいた。


リンドさんの登場の仕方やその態度を見るに俺を捕らえに来たわけではなさそうだ。

しかし養子にしたいとは一体どういうことなのか。


「そんなに構えなくてもいい。君を取って食おうとは思っていないから」


リンドさんはそう言うと両の手をテーブルの上に置いた。後になって知ったことだが両方の手を相手に見える位置に置くこのポーズは「攻撃の意志がない」と示す姿勢なのだそうだ。


「女神さまは元気だったかい?」


リンドさんが尋ねる。

衝撃が走った。この世界の人にとって女神アリシアは信仰の対象である。こういった聞き方をする立場の人間はおのずと限られてくるのだ。


「あなたも……転生者?」


その瞬間、リンドさんがにやりと笑う。


「『あなたも』ってことは君はそうなんだね」


この瞬間、俺は自分の不用心さを恥じた。それと同時に彼を敵だと認定する。

わざわざ転生者かどうかをだますような形で確認するなんてスキルを悪用する側の人間としか考えられなかったのだ。


椅子が倒れる勢いで立ち上がり、弓を構えるポーズをとる。念のためにポケットには常に小石を忍ばせているのだ。


リンドさんは何の動揺も示さず来客用に出されたお茶に口をつけた。


「まず、最初に言っておくと次からは『敵だ』と判断したならすぐに攻撃しなさい。構えるだけでは強者には何の脅しにもならない」


先ほどよりもさらに落ち着いた声だった。迫力があり、ここから俺が攻撃をしてもどうとでもなると思えるほどの余裕がある。


「試すような真似をして悪かった。敵意はない。何なら君のスキルで私の両手を縛ってもいい」


リンドさんにそう言われて俺はおとなしく構えをやめた。

勘でしかなかったが確かにリンドさんから殺意のようなものを感じなかったのだ。

それと今の俺では到底かなわないとも察してしまった。


この人は俺のスキルの内容まで知っている。いったい何者なのか。それを知るためにも俺は倒れた椅子を元に戻し彼の前に再び座った。


「ありがとう。君が賢くてよかった。今一度、先ほどの私の行為を謝罪しよう。ここには本当に君と話をしに来ただけなんだ」


リドルさんを前に俺は大きく深呼吸をした。

緊張がなかなか抜けてくれない。この世界に来て最初の危機を迎えているような予感がする。


「あなたは……転生者なんですか」


先ほどと同じ質問をする。

リドルさんは首を横に振った。


「いいや、私は転生者ではない。当然スキルも持っていない」


どういうことだ。ではなぜ彼は「転生者」を知っている?


「私の姉が転生者なんだ。そして、君を養子にしたいと言っているのもこの姉になる」


リンドさんはテステリア家の長男で次期当主に間違いない。しかし、彼には二つ年上の姉がいるという。


彼女の名前はリリア・テステリア。リンドさん曰く俺と同じ転生者だという。


「私は姉さんから『転生』の話を聞かされた。死後の世界も、スキルのこともね。まぁ最初は信じられなかったんだけど」


リリアという転生者は弟であるリンドさんにだけその秘密を明かしたそうだ。

そして俺のほかにもう一人、リンドさんがまだ幼かった頃別のスキル保持者に会ったことがあるという。


「彼は僕に魔法を教えてくれた師のような人でね、その彼が姉と全く同じ話をするものだから信じざるを得なくなったというわけだよ」


リリアさんはどういうわけか同じ転生者を探し回っていて、リンドさんはその手伝いをしているらしい。


そんな中、礼の噂を聞きつけた。噂を独自の調査機関に調べさせ、俺までたどり着き会いに来たという。

その調査機関というのもよほどのつわもの揃いなのだろう。俺は自分が調べられていることにすら気づかなかった。


「それで、どうして養子なんですか?」


俺がそう尋ねるとリンドさんは少しバツが悪そうな顔をした。


「実は詳しく話すのを姉さんに禁止されていてね。できれば一度君にシャッセンまで来てもらって直接会って話を聞いてほしいんだけど」


シャッセンの町まではここから馬車で十日ほどかかるという。往復で二十日あまり。

俺は少し悩んだ。孤児院にとって俺は貴重な働き手の一人なのは間違いない。


ヘンリーたちだけでも上手くやるだろうけど負担をかけることに変わりはない。二十日というのは俺にとってとても長く感じた。


そのことを素直にリンドさんに話すとリンドさんは簡単に解決策を提示する。


「それなら二十日間君をうちで雇うというのはどうだろう。賃金は前払いで払うよ」


ありがたい話だった。俺がいなくても前払いで貰ったそのお金があれば孤児院も二十日くらいやっていける。むしろ、リンドさんの提示してくれた額があれば今までよりも少し贅沢できるくらいだ。


「ただ、その場合は本当に君に働いてもらうけどそれでもいいかい? その方が対外的にこちらも助かるんだ」


もちろん俺は頷いた。そういうことならば小間使いでも荷運びでもなんでもする。


「よしよし、どうなることかと思ったけど結果的にかなりいい方向に話が進んだ。未来的にもこれは大分良いはずだ」


俺にはよくわからなかったがリンドさんは一人でぶつぶつと呟いて少し不気味にも見える笑みを浮かべていた。

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女神さまの落とし物~異世界で最強になるはずだった俺はなぜか女神の手伝いをすることになりました~ 六山葵 @SML_SeiginoMikataLove

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