第5話

魔法において必要なのは、何よりも「想像力」だと言う。

人は生まれながらに体の中に魔力を宿していて、魔法はその魔力を用いて使用される。


複雑な呪文は必要ない。

それがどんな魔法なのかを理解し、それが実際にどう作用するのかを想像すれば魔法は使えるそうだ。


「あれ、でもニールはさっき呪文みたいなのを唱えてなかった? それに町で見かける魔法を使う人の中には呪文を言っている人もいたよ」


話の途中だったがヘンリーが口をはさむ。ニールが恥ずかしそうに笑う。


「実は僕、この想像するっていうのが苦手でさ。呪文を唱える方法はカイザーに教えてもらったんだ」


実は唱えている呪文自体にはちゃんとした意味はないそうだ。魔法によって決められているわけでもなく、使用者の好きに唱えているらしい。


ただ大事なのは「その魔法を使うときには必ず同じ呪文を唱える」ことらしい。


「想像するのが苦手な人でも直接目の前で魔法を見ればそれを真似て魔法を使うことができる。多少小規模になったとしてもね。その時にいつも同じ呪文を使うようにしていればだんだんと呪文と魔法が関連付けられていくんだ」


つまり、呪文と言うのは魔法を使うのに必要な想像力を補助するためのもののようだ。


一通りの説明を終えるとニールはその辺から集めてきた小枝を一まとめにする。

それから近くに生えていた綿毛のような花びらを持つ植物を一つまみ掴んだ。


「この花は知っているよね?」


ニールに聞かれて俺たちは全員頷いた。

誰が名づけたのか知らないが孤児院ではその花を「ふわふわ草」と呼んでいる。

ふわふわの綿毛の部分は少量でもよく燃えて焚火の火種にぴったりなのだ。


「カイザーや僕は火の生活魔法を使うときに直接枝を燃やせるくらいの火力と持続力があるけど、皆は多分まだ難しいからまずはこのふわふわ草に火をつけるところから始めよう」


そう言うとニールは手本を見せるべくふわふわ草を地面に置いた。

それに向かって指を向ける。


「火よ、恵みたまえ」


ニールがそう言うと彼の指先から小さな火の玉が飛び出した。

ふわふわ草に一瞬で火が付く。


「おおぉ」


と俺たち三人が同時に拍手をした。ニールは照れた笑みを浮かべながら火を消した。


「それじゃあやってみようか」


ニールに魔法を教われるのは太陽が真上に昇った真昼頃から夕方前の三時頃まで。

この世界に腕時計は普及していないが町には大きな時計塔があり、二時間置きに鐘がなる。


さっき十二時の鐘がかすかに聞こえたので次の鐘が聞こえたら帰る準備を始めなくてはならない。


生活魔法はそれなりに難しかった。

ニールと同じように指先から火を出そうと想像してみるが、実際に出るのは火花くらい。


「いいよいいよ。僕も最初はそうだった。それを何度も繰り返して想像をより明確にしていくんだ」


ニールは必ず褒めてくれる。その言葉に嬉しくなって俺たちはさらに魔法の練習に費やした。


火を出す生活魔法の練習を始めて数十分。最初に音を上げたのはヘンリーだった。


「だめだ、僕もうお腹減っちゃった。集中できないよ」


そう言って地べたに座り込むヘンリー。初めて数十分で何をだらしないと思うかもしれないが正直俺も同じだった。


何しろ今日は初めて町を出て、午前中はずっと魚釣りに集中していたのだ。

昼食はまだ食べておらず、空腹にも邪魔される。


十歳の子供が集中力を保てなくても仕方がないと思う。


「ふふ、ごめんごめん。お昼を忘れてた」


ニールはそう言うと魔法でさっと焚火の準備をした。

それから氷で鮮度を保っている籠の中から釣った魚を四匹選ぶ。


落ちている枝をナイフで削り先を尖らせて魚に刺すとそれを地面に立てて焼き始めるほどなくしておいしそうな匂いが漂ってくる。


「おいしそう!」


焼けた魚にヘンリーが飛びついた。

ニールはまるで母親のように見守っている。


焚火を囲うように俺とリイナも地面に座ってそれから魚を食べた。


なんの調味料も使っていないが不思議とすごくおいしく感じる。


俺は小学生の時に行った林間学校を思い出した。あの時も川で鮎の手づかみ体験をした後にそれを焼いて食べた覚えがある。

あの時に鮎も相当おいしかったが、この魚も負けていない。


そういえば、鮎を焼くときに火おこしも体験したんだったか。

薪を組み、新聞紙を着火剤にしてライターで火をつける。そんな感じだったか。


「……」


「どうかした? アクシア」


突然黙りこくった俺にヘンリーが声をかける。リイナもニールも不思議そうにこっちを見ている。


何か閃いた感覚があった。


串を持っていない方の手で人差し指を突き立てる。

しゅぼっと火が灯った。


「えっ?」


三人が同時に驚きの声を上げた。そしてすぐにニールが手をたたく。


「すごいよ! こんなに早く火を出せるようになるなんて!」


閃きは正しかったようだ。

魔法に必要なのは想像力。しかし、実際に人の手から火が出るはずはなくそれを想像するのは難しい。

恐らくだが、転生者であるほど現実離れした魔法を想像するのは難しいのではないだろうか。


俺は自分の人差し指の先をライターに見立ててみたのだ。ライターなら火が出ても不思議じゃない。

そんな風に変換した想像はうまくいったようだ。


でもこの想像の仕方はヘンリーやリイナには無理だろう。二人はライターなんて知らないだろうから。

俺はその後ヘンリーに何回も「コツを教えて」とせがまれたがなんと言えばいいかわからずニールの言葉を繰り返した。


食事が済むと皆また魔法の練習に戻った。

火をマスターした俺は続けて氷を出すことに挑戦する。


火を起こし、氷で鮮度を保つことができるようになれば一先ず孤児院での生活に困らないからだ。


しかし、氷はなかなかに難解だった。

ライターと同じ原理でいけると思ったのだが、氷の場合パッと出せる器具を俺は知らない。

一番身近だったのは冷凍庫だが、あれは開ければ中に氷が入っているというイメージになってしまうため魔法には不向きだった。


何回かニールに氷を出すところを見せてもらったのだが、それを真似ても氷は少しも出せなかった。


「おかしいな。直に魔法を見ればイメージしやすいと思ったんだけど」


ニールが困り果てている。

前世の記憶がないニールたちにとって魔法は「あって当然」のものなのだろう。

しかし、俺はどうしても「そんなバカな」という思考が一瞬出てきてしまう。


「魔法を見たらイメージしやすい」のは「魔法を見た瞬間からそれが常識として刷り込まれるからなのだろうな」となんとなく思った。


ふとした時、俺は氷を出すのを一回あきらめた。

その代わりに池の水を操るイメージを練習した。傍で見ていたニールは俺が何を始めたのかきっとわからなかっただろう。


水の操作は火よりも楽だった。何しろ身体から出すという手品じみた想像は必要ない。

空中に透明な桶があるのをイメージし、その桶で水を救って運ぶだけだ。


空中に浮いた水に手を触れて、考えついたことを試してみる。

だんだんと水の温度が下がって来た気がする。そして水は霜をはじめ、凍った。


「なにそれすごい」


ニールが驚く。彼にとっては逆に複雑な魔法に見えたのかもしれない。

俺は一から氷を作り出すのではなく、水を凍らせることにしたのだ。


その方が想像しやすいと思ったから。

水が氷る温度はなんとなく体感でわかる。夏場に冷凍庫のドアを開けて涼み怒られた経験が活きた。

それと、冬の寒さで手先がだんだんと冷えていくあの感じ。


その二つを重ね合わせ、水が氷るまで温度が下がるようにイメージしたのだ。

とはいえ、おかげで手がキンキンに冷えている。すぐに焚火の火で温めたが下手をすれば凍傷になってしまう。


「やったー!」


「できた!」


俺が水を凍らせた直後、ヘンリーとリイナは火を起こすことに成功したらしい。

コツを掴んだようだし、二人なら氷を出すのもすぐに習得できそうだ。

二人が氷を出せるようになったらとりあえず氷は任せることにしようと俺は冷たくなった手を火に当てながら思った。


二時を知らせる鐘が鳴る。

シスターには暗くなる前に帰ってくるように言われているし、帰りに釣った魚をいくつか売りたいからそろそろ町に帰る準備をしなければならない。


「どうしたの」


ニールが俺に尋ねる。俺は手のひらに小石を持ってそれをジッと見つめていた。


「あのさ、今日教えてもらったのが『生活魔法』なら『戦闘魔法』ってどういうやつなのかな」


俺の問いにニールは首を傾げた。


「さぁ、僕も『戦闘魔法』はみたことないからなぁ。でも聞いた話だと相当な威力を持つ魔法らしいよ」


戦闘魔法に興味を持ったのはこの先、女神のスキルを拾った誰かと戦わないといけないかもしれないからだった。

それまでに戦闘魔法を覚えたら戦いでも役に立つかもしれない。


この世界の魔法は想像力を糧にする。そのせいで純粋にこの世界を生きる人と転生してきた俺のような人では魔法を使い勝手が違うようだ。


「ちょっと待ってて」


荷物を持ち、帰ろうとするニールたちに声をかけて俺は一人洞穴に入っていく。

試してみたいことがあった。できればまだ他の誰にも見られないように。


洞穴の中はそんなに広くないが、外からの視界は遮られる。

安全を確保できるだけのスペースはあるし、試したいことに最適だった。


手のひらに持っていた石を指先と人差し指でつまむ。

それから肘を引き、も片方の手は前に向けた。


弓を射るポーズだ。それから十分に想像力を働かせてつまんでいた指を離す。

ぴしっと岩の割れる音がした。

俺の指先から放たれた小石が洞穴の壁にぶつかって割れたのだ。


小石は粉々になったが、壁にも亀裂が入った。

思った通りだった。生活魔法で培った想像力。俺はそれを「攻撃にも使えるかもしれない」と思ったのだ。

手に弓を持っているイメージを作り、小石を矢に見立てて放つ。壁にひびが入ったのを見るに威力は俺の想像が上乗せされた分普通の弓より強そうだった。もっと想像力を育めば石を使わずとも見えない矢を放てるかもしれない。


「アクシアー! 遅くなっちゃうよー」


洞穴の外でヘンリーの呼ぶ声がする。

魔法を教わってすぐにこんなことができるようになったと知られたら不思議に思われるかもしれない。今はまだ隠しておこう。


俺は初めての魔法に心を震わせ、その興奮を悟られないように平静を装いつつ皆と合流して町に戻るのだった。

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