第4話

シーバスさん曰く、回収するスキルには二つのパターンがあるという。


一つは落ちた先が人のいない場所で誰にも見つからずに紙の形で残っている場合。

このタイプの回収は容易で、その場所さえ見つかればそこに行って拾ってくるだけでいいらしい。


問題はどうやって見つけるかなのだが、それこそ俺が毎日教会で祈りを捧げている理由とつながる。


「スキル書の捜索はアリシア様に世界を覗いていただいて直接探し出すしかありません」


とシーバスさんは言った。スキル書は一見するとただの紙でそれ自体には魔力や何らかの不思議な力はなく、特別な力で感知して探すというのは不可能らしい。


「女神様には世界の隅々まで見通せる目があります。時間はかかるでしょうが必ず発見できます」


と不安そうなアリシアさんを励ますように言っていた。

もしもアリシアさんがスキル書を見つけた場合、それを回収するには位置を俺に知らせなければならない。

その連絡手段が教会の女神像らしい。


「人間の世界の教会には女神様の力を伝達する役割があります。毎日祈りを捧げることでスキル書が見つかった場合に素早く知らせることができるでしょう」


教会というの各町に必ず一つや二つは存在するらしい。

そしてこの世界で神と言えば女神アリシアだけ。アリシアさんの像があれば連絡するのは容易いと言われた。


もう一つのパターンというのはスキル書の回収よりも難しく、しばらくはスキル書の方だけに集中するようにとシーバスさんに言われている。


世界に落ちたスキル書を誰かが拾ってしまっている場合だ。

本来スキルは天界に行く資格を持つ者にしか与えられない。それは天界に行けるほどの善良な心の持ち主にしかスキルを使わせられないという理由らしい。


しかし、落としたスキルに関してはスキル書に触れるだけでそのスキルが手に入るという。当然拾うのが善人ばかりとは限らず、悪人の手に渡っている場合もある。そういう人物からスキル回収するには倒した後にシーバスさんに教えてもらった呪文を唱える必要がある。


スキル使いの捜索もアリシアさんが並行してやってくれているはずだが、こちらに関しては俺の方でも探すのを手伝てほしいと頼まれている。


天界に行く資格を持ちながら転生を選ぶ人間は俺と同じように前世の記憶を保持している。

そのほかの人間は記憶のない状態で転生しているらしい。


つまり落としたスキルを所持しているかどうかの判断は「前世の記憶を保持しているかどうか」でわかるらしい。


ただ、悪人がスキルを保持していた場合、現状では何のスキルも持たない俺が倒すのはほぼ不可能。それ故に、まずはスキル書の回収を優先し俺自身の強化を図るという方針だった。


そんなわけで十年間毎日祈りを捧げているが、いまだにアリシアさんからの連絡はない。

おかげで俺は周りから信仰心の厚い信徒だと思われている。


まぁ、正直この年になるまでは自由に動くのは難しかったからスキル書の場所を伝えられても取りに行くことはできなかったのだが。

もしかするとアリシアさん側もその辺のことを配慮してくれたのかもしれない。


十歳になれば仕事で町を動き回れるし、狩りをするために町の外に出ることもできる。

これでいつでもスキル書の回収に行く準備ができたわけだ。


教会まで呼びに来たヘンリーの後について外に出る。

そう言えば今日は十歳になった者たちで初めて森に食材を取りに行く約束だった。


「準備ができたって、なんの準備?」


俺が尋ねるとヘンリーは呆れたように笑った。


「もう、忘れたの? 今日は森の河原に釣りに行くって言ったじゃないか。釣りの準備だよ」


そう言われて俺は「あれ?」と思った。

確かに森に食材を取りに行く話はあったと思うが「釣り」とまでは言われていない気がする。

俺が忘れているだけだろうか。


「ニールが良く釣れる穴場を教えてくれるんだってさ」


ヘンリーの後をついていくと、もう一人の同い年であるリイナと一つ年上のニールがいた。

十歳になった者はまず年上の者と一緒に森へ行く。そこで食べられるものと採ってはいけない物を教わり、自分が上の立場になった時に下の子に教えるのだ。


孤児院の食事事情はそうやって回っていた。

ニールの後をついて町を出る。

森まではすぐだったがそこから河原までは少し歩いた。


「リイナ、ほら」


頭上に茂る小枝に苦戦するリイナに腕で道を作る。

彼女は真面目で子供たちの姉のような存在だが、十歳の少女にこの山道は少しきついだろう。


年上のニールは慣れたもので道なき道をさくさくと進んでいく。決して俺たちを置いて行っているわけではなく、大きすぎる枝は鉈で切り落とし藪を踏みしめて俺たちが通りやすいようにしてくれている。


「すごいなぁニールは」


とヘンリーが感心して褒めるとニールは


「三人もすぐに慣れるよ。僕も最初はそうだった」


と言って笑った。

またしばらく歩くとついに小川が見えて来た。


「お目当ての穴場はもうすぐだけど、少しここで休んでいくかい?」


とニールに聞かれて俺たちは三人揃って首を横に振った。

孤児院にはお腹をすかせた子供たちがいる。


彼らに少しでも多くの食料を持ち帰るためには早く釣り場に付いた方がいいだろう。


小川に沿って山を登るとほどなくして目的地が見えて来た。

小川が少し広がって池のようになっていて、その片隅に小さな岩の洞穴が見える。


「少し前にカイザーと二人で見つけたんだ。いいところでしょ」


とニールが言う。カイザーとは今年十二になって孤児院を卒業していった仲間だった。

孤児院は基本的に十二の歳で出ていくことになっている。この世界では十二歳にもなればある程度一人前の大人として働き始めることができるからだ。


十歳で下働きや森に食材探しに出かけるようになるのは孤児院のためだけでなく、二年のうちに一人でも生き延びられる力を身に着けるためでもあった。


ニールに言われた通り洞穴に荷物を入れて釣り竿を用意する。


「リイナは僕と向こうで三菜でも摘もうか。二人とも、この辺りには猛獣は出ないけど十分気を付けてね」


ニールはそう言うと慣れた手つきで準備をしてリイナと二人で森の奥へと言ってしまった。

残された俺たちもさっそく釣りを始める。


前世でも釣りをした経験はない。

ニールに一通り釣り方を教わったが、初めての釣りは中々難しかった。


「やった。また釣れた」


俺とは対照的にヘンリーには釣りの才能があったようだ。

まったく連れずにぶすくれる俺の横でヘンリーは何匹も釣り上げた。


「アクシア、また髪伸びて来たね」


少しまったりとした時間が流れ始めた頃、不意にヘンリーが言った。

言われて前髪を触って確認する。確かに前に髪を切ってからまたしばらく時間が経ったかもしれない。


前世とは違い、この世界では髪型でおしゃれをする文化が希薄だ。

最低限邪魔にならない流さなら何でもよく、伸びてきても切らずに後ろで結んで一くくりにしている人も多い。


「せっかく綺麗な髪なんだから大事にしないと」


とヘンリーが言った。この世界ではなかなか希少な感性の持ち主だ。

一応ヘンリーやリイナ、その他の子供たちが前世の記憶を持っていないことは確認済みだがヘンリーは前世の感性に近い感覚を持っているようだ。


髪を褒められたのでなんとなく池の水面で確認する。赤みがかった髪。光の加減で黒にも赤にも見える、少しぼさぼさだが確かに髪質はいいようだ。

それに容姿もそれなりに整っている。孤児院には鏡はないが、桶に張った水で容姿を整えたりはする。


始めの頃は転生して姿形の変わった自分に慣れなかったが最近ではこの顔を自分の顔だと思えるようになってきた気がする。


「ちょっと、自分に見惚れていないでちゃんと釣ってよね」


ヘンリーに揶揄われて思わずのけ反った。見惚れていたつもりはないが傍から見たらそう見えなくもないだろう。


耳を少し赤くして釣りに励む。


だんだんとコツがわかって来たようで次第に魚が釣れるようになってきた。

釣れるようになるとだんだんと楽しくなってきて二人で競い合うように釣りをする。


太陽が真上に来る頃には持ってきた魚用の籠はいっぱいになっていた。


ちょうどその頃、三菜を取りに行っていたニールとリイナが帰ってくる。

二人とも三菜でいっぱいになった袋を抱えている。


「うわぁいっぱい釣ったね。今日は三菜も大収穫だったし皆喜ぶだろうな」


ニールはそう言って魚の籠の前に近づく。

それから両手を籠に向けて何やら呪文を唱えた。


ニールの手が光出し、籠の中に氷の塊が生まれた。


「いいなぁ生活魔法。すごい便利だよ」


その様子を見ていたヘンリーが羨ましそうに言った。

そう、この世界には魔法がある。ニールが使ったのは「生活魔法」と言って規模こそ小さいが火を起こしたり氷を出したりと生活を豊かにする魔法だった。


生活魔法は割と一般的で、町でもちらほらと目にすることが多い。


他にももっと規模の大きい「戦闘魔法」があるのだが、扱いが難しいらしくよほど修練を積んだ人にしか使えないらしい。

そのため俺もまだ「戦闘魔法」は見たことがない。


今の孤児院で「生活魔法」が使えるのはニールだけ。少し前までいたカイザーも使えたのだが彼は卒業してしまった。

そして来年になればニールもいなくなってしまう。


孤児院では「生活魔法」に助けられている部分が大きい。

ニールがいるから子供でも火おこしができるし、魚という重要な食材も鮮度を保って運ぶことができる。


カイザーとニールが来る前の孤児院は相当大変だったらしい。


「ふふ、実はね僕も最初は使えなかったんだ」


とニールはいたずらっ子のように秘密を明かす。


「カイザーにこっそり教えてもらったのさ」


ニールが言うにはカイザーはある日町で不思議な魔法使いに出会い、生活魔法を教えてもらったらしい。


そして十歳になったニールにこっそりと生活魔法を教えたのだそうだ。

なぜこっそりとかと言えば「一度に大勢に教えるのは大変だし無理があるから」だとカイザーは言っていたようだ。


「生活魔法は結構集中力を使う。孤児院の他の子供たちにはまだ難しいだろうからね」


とニールが言う。

「十歳になった子にだけ森で教える」というのは二人が決めたことらしい。

孤児院で大っぴらに教えたらまだ小さい子たちも興味深々で近づいてくるだろうから、と。


「つまり、俺たちにも『生活魔法』を教えてくれるってこと?」


と俺が尋ねるとニールはまたいたずらっ子のように笑って


「うん」


と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る