コールネーム、“アルビオン”
満あるこ
甦るアルビオン
帰ってきたアルビオン
『ステンバー・アイズ!!王者ステンバー・アイズ!!絶対女王アルビオン・ブリュンヒルド失踪後、ランカー1位となり、依然、王座に君臨しています!!』
ハイテンションな音量の実況が響く。
壁に映像を投影するマジックアイテム・配信水晶に映し出されるのは、ワインレッドにシルバーのボディで頭部にトサカのような部位がある《ベイルナイト》ステンバー・アイズ。
絶対女王アルビオン・ブリュンヒルドが失踪した後、暫定一位となったランカー二位に勝利し、王座に君臨している。
自由自在に空を飛び回りながらも、魔力による威力を底上げする機能を持つ噴射口めいた機構つきの斧である、《ブースト・アックス》で魔力を貯める
量産された歩兵を思わせるシルエットの《ベイルナイト》、ザトス。
ステンバー・アイズとブラックオックスは剣戟を繰り広げていた。
超高速で動き回る、ステンバー・アイズに黒いザトスは押され気味であったが、着装者のカスタマイズによって強固な守りを獲得している。
ステンバー・アイズは魔力を込めて刃を発生させた赤い剣で翻弄する。
ブラックオックスは着装者による癖か、攻撃した際にできる隙が多い。
ベイルバトルが決着がつく条件である、《ベイルナイト》の胸部・ベイルタルを狙われると、少し動くだけで頭部より二回りほど大きいショルダーアーマーに当てられるほどには器用なようだ。
『ブラックオックス!コウゼンが
カラーリングは着装者のこだわりによるのか、無骨な黒に髑髏を描いている。
《ベイルナイト》の中でも、ブラックオックスと呼ばれたものは、ザトスの中でも特に大きい部類に入る。
『力押しはつまらない。と、インタビューで答えているはずだが?』
『抜かせェ!チャンピオンの座、もらったァ!』
ブラックオックスの意気揚々とした言葉にステンバー・アイズことコウゼンは肩を竦めた。
好機と見たり!とブラックオックスは真っ直ぐにコウゼンに突っ込み、《ブースト・アックス》を振り上げる。
《ブーストアックス》は魔力を貯めた分だけ刃が大きくなり、振り下ろした際にパワーが増す力自慢が振るえば、凄まじいもの。
『《ブーストアックス》、良い武装だ。
自らの顎に手を添えつつ、ブラックオックスの攻撃を武装のチョイスと合わせ、
ブラックオックスの攻撃を回避することは簡単だった。
しかし、ピンチを演出し、勝利する上でコウゼンはわざと回避しないのを選んだ。
空中にいるのにも関わらず、地上に立っているかのような軽やかな動きに観衆たちは魅せられていた。
『は、謀ったなァ!?』
『私はただ挑戦者を分析したまでのこと。君がチャンピオンの座とは、片腹痛い』
『降りて来い!馬鹿にしやがって!!』
ブラックオックスが地上に叩き落とされ、ステンバー・アイズを見上げる。
ステンバー・アイズは見上げられるのが不愉快と言った素振りを見せる。
表情の動きがない頭部パーツだが、着装者のコウゼンが肩を竦めるような仕草をする。
無機質なステンバー・アイズの顔が心底馬鹿にするように見える。
身体を震わせながら、ブラックオックスが足裏から魔力を放出し、空へ飛び上がろうとするのをコウゼンは制した。
『
『なッ!?』
ブラックオックスの胸部、ベイルタルはステンバー・アイズによって損壊させられていた。
それを認められないブラックオックスは破壊された《ブースト・アックス》を拾い上げる。
ブラックオックスはステンバー・アイズに投げつけるが、悪あがきは文字通り、一蹴された。
『鮮やかな勝利でした!ステンバー・アイズ、絶対王者コウゼン!ブラックオックスに完勝です!
ブラックオックスはルール違反で昇格試合への参加権を永遠に剥奪となります!』
ステンバー・アイズとコウゼンを称える声とブラックオックスへのブーイング。
ベイルタル破壊を受けてなお、ステンバー・アイズに破損した《ブースト・アックス》を投げつけたことへの非難だった。
着装を解き、打ちひしがれるブラックオックスの着装者にはフォーカスは当然当てられない。
『ステンバー・アイズの勝利には観衆の皆さんなくしてはあり得ない!次回の応援もよろしく頼みます!』
魔法で拡大された、コウゼンの言葉に歓声が上がる。
『さて、では次回のチャンピオンの試合スケジュールですが!』
実況が次のコウゼンのスケジュールを発表した辺りで少年は配信水晶の再生を止めた。
《ベイルナイト》による、ベイルバトルが爆発的な人気を誇る現在、多くの《ベイルナイト》の武装を取り扱う店が競合するようになった。
「《ベイルナイト》のガラクタ山にある武装を剥ぎ取るのが仕入れなんて信じられないよ」
ルーデンスは
即座にルーデンスの身体を白銀の《ベイルナイト》が包み込む。
カラーリングこそ、ルーデンスの姉・ヒルダのブリュンヒルドと同じ
しかも、レンタル品である。
急な崩落などが起こりうるガラクタ山、そこでの安全スーツの代わりとしてルーデンスは使っている。
ヒルダがブリュンヒルドと共に失踪してしまってから十年、遺した金は関係者に巻き上げられてしまい、ルーデンスの手元には姉と二人で撮影水晶で撮った写し絵を入れたペンダントだけだった。
中古品のザトスは防御力が心許ない初期装備だが、交戦を前提としていないならば、これだけで十分。
魔力で底上げされた運動神経でガラクタ山を歩き、使えそうな武装を拾い上げては、汚れを落とす。
ガラクタ山は《ベイルナイト》の墓場であるとされ、強者との絶対的な壁にぶつかり、引退した着装者が捨てていく。
ロクな武装を一つも持たないまま、ブリュンヒルドと同じカラーリングにした中古のザトスを使うルーデンスを笑うものは多かった。
「ジャンク屋も良いところのお前がブリュンヒルドと同じカラーリングに?笑わせるなよ」
それが周囲の声だとは理解していたものの、やはり、白銀の《ベイルナイト》には憧れてしまうのだ。
いつか、自分も姉のようにカスタマイズした《ベイルナイト》を手に入れるためにこうして働いている。
「あれは」
見上げた空には、青い閃光と赤い流星が交戦している。
光と光が衝突しては離れ、距離を取る。
間合いを図りながらも、赤い流星が放ったものを青い閃光が振り払うように見えた。
まるで、
そのうちの一つが運悪く、青い閃光に命中してしまい、着装が解除されたことで落下していくのが見える。
ルーデンスは無我夢中にザトスの推進力の限界までスピードを出し、飛んでいく。
武装を買う金がない、ルーデンスの《ベイルナイト》では赤い流星には敵わないだろうが、それでもないよりはマシだ。
ルーデンスがなんとか駆けつけると、青い閃光の正体は紅白の装束を着た黒髪の少女風貌であった。
袖と衣服が分離し、ノースリーブ状になっているが、それを東の国では巫女装束と呼ばれる。
傷だらけの彼女を抱え、地上に降りてガラクタ山の安全な場所で寝かせる。
ルーデンスが
「ヒルダ……せん、せい?」
「怪我をしているんだ、無理に話すな。……ヒルダは俺の姉ちゃんだよ」
傷口を消毒できるものもないため、ルーデンスは上着をちぎったあとは傷口の血を拭き取り、出血を防ぐために布で縛って止血する。
ヒルダがセンセイ、と呼ばれていたことにルーデンスは目を丸くした。
そんな話は聞いたことがなかった。
「私はレイ。これ、貴方に託す。先生の弟なら、上手く使えるはずよ」
ヒルダがルーデンスに託したのは、《ベイルナイト》が待機状態になっているブレスレットだった。
待機状態はブレスレット以外にさまざまなものがあるが、最も主流なのはブレスレットやバングルタイプだ。
指輪、ブレスレットはもちろん、ベルトに変化球は刀や銃もある。
ブレスレットタイプはオーソドックスで待機状態の形状にちなんだ呼ばれ方をする。
例として、ブレスレットはベイルブレスと称するのだ。
「俺に?それって……」
「良いから。
レイはうっすら目を開き、ルーデンスが施した処置に微笑む。
姉も、金も全て失くしたルーデンスに彼女から《ベイルナイト》を託される価値があるとはわからない。
ただ、手に握らされたベイルブレスを持ち、破れた上着をかけてレイを寝かせる。
「それを渡せ、ブリュンヒルドの弟」
「……赤い流星」
凄まじい魔力の気配と共に現れたのは、あの赤い流星だった。
全身が真紅一色、それでいてシルエットがコウモリのようである。
それが赤い流星とルーデンスが見なしたのは、レイを追ってきた追っ手は他に見えなかったからだ。
それにブリュンヒルドの弟、と呼ばれるのは珍しくない。
ベイルバトルの公式関係者でブリュンヒルドとルーデンスに関係を知る者は少なくないのだ。
「お前は、レイがこのベイルブレスを持っていたから、襲ったのか?」
「それもある。裏切り者である以上にその女は怪物だからな、使い潰される前にお前も手を切れ」
ルーデンスが着装をしようとするや否や、赤い流星は拳の突きを繰り出し、ルーデンスの手首の中古品で待機状態の《ベイルナイト》だけを破壊した。
衝撃波が的確に対象だけを破壊したのは、ヒルダの剣術のようにめちゃくちゃだと思った瞬間、赤い流星はルーデンスを殴打する。
明らかに手加減しているような力加減でルーデンスが音を上げるように調整しているようだ。
それでも、レイに倒れ込まないようにルーデンスは耐えつつも、素手で赤い流星に殴りかかる。
「やああああっ!!」
「破れかぶれになるくらいなら、そいつを渡せ!」
所詮は無駄だと思いながら、赤い顔を狙う。
その狙いを読んでいたとばかりに赤い流星はルーデンスの拳を掴み、骨を砕くように握りしめる。
鳩尾に膝蹴りを叩き込まれ、態勢を崩しながらも、ルーデンスは意識をしっかり持とうと奥歯を噛み締める。
痛みはあるが、かえって意識を失わないと思えば、好都合だ。
骨が砕ける音を耳にしながらも、ルーデンスはヤケになって叫ぶ。
手の中に握り込んだ、レイから託されたベイルブレスに向かって。
「
それは、怒りであった。
その希望を踏み躙り、レイを追い込んだことへの怒りであった。
『おれも、ねえちゃんみたいな強い着装者になりたい。うんと楽をさせてやるんだ』
『それは頼もしい、さすがは私の弟。期待して待ってるよ、かわいいルディ?』
いつものように大好きな姉のバトルのアーカイブを眺めていた時の会話を思い出す。
「なぜだ、なぜ、お前の身体が!
赤い流星が一瞬、手を離した隙にルーデンスは
先ほどまで痛みが走っていた腕も、不思議と痛みを感じない。
「か、変わった!?」
驚く間も無く、そのまま、赤い流星に逆転のカウンターアッパーを叩き込む。
仰け反った赤い流星がすぐに態勢を立て直した後、左足が叩き込まれる瞬間、白銀に染まった右足で防御する。
赤い流星が武装を魔力で形成した、わずかな隙を狙い、ルーデンスは足元に落ちていたガラクタを投げつける。
この白銀の《ベイルナイト》の武装はわからないが、ガラクタ山には武器になるものが山ほどあるからだ。
「認めん、認めんぞ!!現在、流通している《ベイルナイト》のケースに
ガラクタを直に受けてしまい、赤い流星が慄く。
回避が容易なはずの、何の策もない一撃。
現在、流通している《ベイルナイト》の多くはカスタマイズに差はあれど、《ベイルナイト》が着装者を選ぶことはない。
着装者に使いやすいカスタマイズがされることはあっても、待機状態になっている《ベイルナイト》を手にさえすれば、着装することは可能となっている。
それは、一般に第二世代と呼ばれている。
もちろん、第二世代という呼び方がある以上、それより前も存在する。
着装が完了し、《ベイルナイト》に包まれたルーデンスの姿は白騎士を思わせ、胸部の青い水晶体も白銀の身体が映える。
「
赤い流星はその姿にかつての絶対王者を見出した。
異なる着装者であろうと、その佇まいは威風堂々としている。
折れた武装の一つをガラクタ山から引き抜くと、眩いばかりの白銀の光を放つ剣へと変化する。
その剣を構え、ルーデンスは声高高に叫ぶ。
「ブリュンヒルドじゃない。でも、これはアルビオンだ!」
そんな光景を前に眩さから目を逸らしつつも、レイは目を開いて小さく呟く。
「アルビオンが帰ってきた……!」
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