無駄足を描く

走っていると

追いかけられたり

しがみつかれたり

見られたりしている気がするのは何故だろう


夜の公園、あるいは河川敷、

サラリーマンが肩を落として歩く街灯の少ない帰り道

どこを走っていても、誰かの気配を感じている

足を掬う者がいれば、

凍えた風を吹かせて風邪をひかせようとする者もある

誰しも共通しているのは、僕に緩やかな悪意を持っているということだ


頬を伝う汗すらも疎ましい

何も変わらなければいいのに

代謝も時間も気候も進化も全てなくなって

ただ幸福な瞬間だけが繰り返していれば


足を動かして、思い出したように手も動かして

信号待ちのわずかな時間が、僕に正気を取り戻させる

このままではいけないと、一向に変わらない信号機を見つめている

過ぎ去る車の一つもないが、僕の体は当然に動かない

悠久に似た時間と鼻先、指先、耳の先まで捻り切っていく意地悪な風

信号の色が変わって、また僕は走り出す


大丈夫?って問いは、大丈夫以外の返答を許さない

暗雲は何色?

→明るい色のわけがあるまい

不安な夜以外があるだろうか

噂に聞くばかりで、自分で確認したことは一度もない

この世全て須く眉唾のたぐい


何はともあれ、脳に考えるための酸素が送られると困る

漠然と、このままではいけないという危機感がある

君に与えられた危機感だ

大切に、大切に育てていかないといけない


僕の体は、全く異なるエネルギー源を得たかのように

僕の意思に反して動くことを求める

逆らうよりは身を任せたほうが余程楽だ


何も考えていたくない

何も求めてはいけない


肌がヒリヒリと痛むけれど、

自分を労ることに何の意味があろう

もはや、大切にしまっておく道理はない

価値のないものはさっさと殺して捨ておいてしまう

それが誰しものためになるだろう


ただ足を動かして、来るかもわからない明日のことなんて放っておいて

ただ今は、体が動く限り遠くへ

できるだけ遠くへ、安心のない場所へ、

信号機の一つもないくらい、遠くへ、遠くへ

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