終章『風見鶏に従って』
結局、戴冠式や調印式は、主にケットシーの執念と根性によって、大したトラブルに見舞われることなく無事に執り行われた。
が、その直後に行われた魔王の国葬では、ちょっとしたハプニングがあった。
式の終盤、遺体の納められた棺を祭壇から墓所へ向けて出棺する段のこと。八人の重臣たちを従えて、今まさに大広間から棺を運び出そうとしたところで、一人の女官の少女が葬列の前に立ちふさがった。葬儀の邪魔などあってはならないことだし、どころか、その時大広間には使用人の立ち入りが禁止されていたはずである。
周囲はどよめいたが、ヴァンパイアを始めとした要人たちは、その少女の行動をただ黙って見守っていたという。――この場の誰より、彼女にこそその資格があると彼らはよく承知していたのだった。
彼女は棺に歩み寄ると、顔が見えるように設けられた小窓から中を覗き込み、一言二言呟くと、八人に礼をしてそのまま立ち去ってしまった。
――それから、数日後。
「……あれー? おかしいな……」
シャノンは微睡の塔の自室で探し物をしていた。
見慣れたメイド服は、今は着ていない。
サスペンダー付きのズボンに真っ白なシャツ。服装だけなら、利発そうな少年に間違われても不思議ではない。肩の上に乗っかっている丸っこくて可愛らしい顔を見れば、誰も疑わないだろうけれど。
ベッドの脇には、サキュバス――アリスステラから譲ってもらった大きなトランクがあり、私物のほとんどはその中に詰め込まれている。すっかり生活感が無くなった部屋の中で、シャノンはウロウロと歩き回っては頭を掻いて首を捻っていた。
『シャノンー? まだかなー?』
扉の向こうから声がする。
昨日までなら、微睡の塔で聞こえるはずのなかった、慣れ親しんだ声が。
「あとちょっと待ってくれませんー? なんか全然見当たらなくて……」
『あーもう、まどろっこしいなぁ!』
ガチャ、とドアが開いた。
「何探してるの?」
頬を膨らませたアイリスが、ツカツカと部屋に上がり込んでくる。
彼女は、昨日までの姿とあまり変わらない。違いがあるとすれば、頭にかぶっているツバの広い帽子くらいだろうか。両手で持っている立派な旅行鞄も、昨日までの彼女の持ち物にはなかったものだ。
「懐中時計です。絶対捨ててないはずなんですけど……」
「ふぅん。そんなの持ってたんだ」
旅行鞄を床に置いて、アイリスは部屋の中をきょろきょろと見回す。
「まあ、使ってはなかったんですけどね」
「思い出の品ってやつかな?」
「ええ、そんなところです」
「手伝うよ。こういうのって、自分じゃ全然見つからないのに他人はあっさり見つけちゃったりするものだから――あ」
言いながらクローゼットを開けたアイリスの動きが止まった。
「ねえ、これじゃない?」
見慣れたメイド服が綺麗に畳んだ状態で積まれている。
その一番上、白いエプロンの上に、細い鎖のついた金色の時計が置いてあった。
「……あ、これだ」
「もー、なんでこれを見落とすかなー」
「いや、まさかこんな分かりやすい所に置いてあるなんて思ってなかったんですよ」
「他は? 大丈夫?」
「多分。まあ、これ以上に大事なモノはないんで」
「そっか。じゃ、ちょっと急ごう」
シャノンはトランクを、アイリスは旅行鞄をそれぞれ持ち上げて、微睡の塔の部屋を後にする。
渡り廊下から城に入り、使用人の待機室を通り過ぎて、中央階段から一階へ。城のエントランスホールに降りた二人は、示し合わせていたわけではないのに揃って立ち止まり、開け放たれた正面玄関を、その存在を確かめるようにジッと見据える。
「……行かないの?」
「姫様こそ」
クスクス、と二人して笑った。
相手も同じ気分だということは、言わなくたって分かっている。
「シャノン」
「はい?」
「さっきの懐中時計。あれ、陛下からの贈り物だったりする?」
「ご明察です。……生まれた日にもらったんですよ。『これが君の時間だ』なんてキザなこと言ってたっけなぁ」
「あはは、陛下らしいかな」
ふぅ、とシャノンは清々しそうに息を吐く。
――このホールも、見納めだ。
ずっと幽獄塔にいたアイリスには、ここすら馴染みの薄い場所なのかもしれないけれど、目覚めた時から今日までずっとこの城で暮らしてきたシャノンにとっては、離れることが信じられない場所の一つなのだ。
――でも、決めたんだ。
ついていくと。
アイリスと一緒に、外の世界を見に行くんだと。
「さあ、行こうか、シャノン!」
アイリスが歩き出した。
負けじとシャノンも前へ進む。後ろを歩くつもりはない、これからは隣で、彼女と同じ景色を旅するのだ。
ポケットの懐中時計に触れて、シャノンは目いっぱいの笑顔で誓う。
――行ってきます、父さん!
『水蓮姫』と魔王城の奇禍 渦庭 八十一 @uzuniwa2628
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