終わらない鬼ごっこ

影守 燈

第一章「鬼さん遊ぼ」


---


夏の日の夕方、まだ赤く染まる空の下。風が湿った土の匂いを運び、蝉の声が遠くに消えかけていた。


「ねえ、早く帰ろうよ」

小学五年生の菜月(なつき)は眉をひそめ、弟の裕人(ゆうと)を急かした。彼らは近所の小さな公園で遊んでいたが、そろそろ帰る時間だ。


裕人はブランコの上で足をばたつかせながら、にやりと笑った。

「あと少し! 鬼ごっこしようよ!」

「もういいよ。疲れたし、お母さん怒るよ」


だが、その時――。裕人はふと、誰かの言葉を思い出した。

「そうだ!ねえ、あれやってみようよ。『鬼さん遊ぼ』ってやつ」

「……何それ?」菜月は不機嫌そうに眉をひそめた。

「知らないの? この公園の怪談だよ。言ってみたら面白いことが起こるんだって!」


裕人は楽しげに、遊具の真ん中に立った。そして――。


「鬼さん、遊ぼ!」


その瞬間だった。風がぴたりと止まり、蝉の声がふっと消えた。菜月は思わず周囲を見渡す。さっきまで子供たちの遊ぶ声や、犬の散歩をする人の気配があったはずなのに、今は誰もいない。


――ざっ……ざっ……。


何かが砂利を踏む音がした。遠くから、低い笑い声が響く。


「……何かいる」菜月は小さくつぶやいた。


裕人が遊具の上で固まったまま動かない。彼の目は一点を見つめている。そこには――。


公園の隅にある古びたジャングルジム。その中から、何者かがじっとこちらを見ていた。



---


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る