第一章 自由のフランシア 第一話 故郷にて

 私は大司教としてこの地に仕える今も、時折、リーヨンの森を思い出すことがある。あの寒さ厳しい冬の森のことを。そして、森とともにあった一人の少女、フランシアのことを。


 私の生まれた家は、まさに清貧を地で行く暮らしだった。父はその日に得た糧を分け合い、母は祈りの言葉を糧に私たちを育てた。しかし、それで足りない時は、私が斧を持ち森へ向かうことになった。冬備えの薪を集めるためだ。その度にフランシアがやってきた。


「ねえ、あなた、その木を切ったら一つの命を奪うのと一緒のことなのよ。なんでそんなにわからないの?」

 彼女の言葉は、冷たい空気の中で霧のように広がり、木々のざわめきと混じり合った。


「木に命なんてありませんよ。彼らは動かないし、喋らない。神父様もそうおっしゃっています。」

 私はいつもそう答えていた。幼い私には彼女の言葉は理屈に合わない戯言のように思えたからだ。しかし、彼女は決まって言葉を返してきた。


「木はね、見ていない時に動いているのよ。でなきゃ、なんであんなに大きくなるの?それに蝶だって鳴かないけれど生きているでしょ。木だって同じ。葉を揺らしておしゃべりしているのよ。傷つけたら流れる樹液は、彼らの血よ。」


 彼女の声は確信に満ちていたが、私の信仰心には響かなかった。

「証明できないじゃないですか。それに風が吹いているだけでしょう。」

 斧を握る手に力を込めながらそう言うと、彼女は微かに笑みを浮かべた。


「証明なんていらないわ。木々の命はね、精霊たちの息吹で育まれているの。私はその声が聞こえるの。」

 彼女の紺碧の髪が冬風に揺れ、その中で木々の葉がざわめいているのが妙に印象的だった。


「そんなことばかり言って、魔女裁判にかけられても知りませんよ。」

 私が皮肉交じりに言うと、彼女は私のすぐ後ろで囁いた。


「私はあなただけに言っているの。それに、木々はあなたが思うよりずっと優しいわ。私もね、」


 その先の言葉を聞こうと振り向いた瞬間、彼女はふっと2歩下がり、声を上げた。

「木、倒れるわよ。」


 その時、木が大きな音を立てて倒れた。軋む音、そして地面に響く衝撃音。それが静まり、私は森の中を見渡した。寒さが肌を刺し、風が木々の間を通り抜ける音だけが聞こえる。


 けれど、フランシアはいなかった。

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