第8話

仕事に没頭している間に、季節はゆっくりと進んでいた。

机に向かう日々の隙間に、ふとあの店のことを思い出す。通りのネオン、煙の匂い、青い傘。

けれど扉を開けても、彼女に会うことはなかった。いつの間にか、青い傘は無くなっていた。


「今日は休みです」

「この時間はシフトに入らないんですよ」


店員の声は、もう何度も聞いた言い訳のように繰り返された。

僕は頷き、煙を吸い、帰る。その繰り返し。

結局、彼女の姿を見ることなく、三ヶ月が過ぎた。


ある日、外に出ると街は一面の雪に覆われていた。

白く積もった歩道に、無数の足跡が並んでいる。

同じ方向へ伸びるもの、途中で消えるもの、重なり合って形を失ったもの。


(もし、彼女の足跡があったとして――僕は気づけただろうか)


考えても答えは出ない。

ただ、雪の上に残った足跡のように、彼女と過ごしたわずかな時間が、確かに僕の中に刻まれている。

姿はもう見えなくても、あの笑い声や視線は、簡単に消えてはくれなかった。


僕は足跡の間を歩きながら、深く息を吸った。

冷たい空気が胸に刺さる。けれど、その痛みすらもどこか懐かしい。


雪はやがて溶ける。

けれど、雪を知った足跡は、確かにそこにあったことを証明する。


僕はその痕跡の上に、自分の新しい足跡を重ねるように歩き出した。

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