第6話
気づけば、他の客たちは一人、また一人と席を立っていった。
気まぐれな雨のように、静かに出入りしていく。
閉店までにはまだ時間があるのに、店内にはもう僕と彼女だけしかいなかった。
煙はゆるやかに漂い続けていて、BGMの音も、グラスの中の氷の音も、さっきより少しだけ大きく聞こえた。
「……静かだな」
僕がつぶやくと、カウンターの奥で片付けをしていた彼女が顔を上げる。
「今日は、ちょっとのんびり。珍しいくらい」
「迷惑なら、帰るよ?」
「ううん。逆にちょうどいいくらい。無理して喋らなくていい相手って、貴重だから」
彼女はカウンターを出て、僕の席から少し離れた場所に立った。
姿勢は崩さず、どこか“接客中”のまま。でも、その目線だけはさっきよりもずっと柔らかい。
「煙、平気そうだね」
「うん。思ったより、落ち着く。……ちょっとクセになりそう」
彼女は口元にだけ微かな笑みを浮かべた。
けれどすぐに、それをすっと引っ込める。
その仕草が、まるで“誰かの目を気にしているように”見えて、僕は少しだけ胸の奥がざわついた。
なにか言葉を探そうとして、けれど結局、見つからないまま黙った。
彼女もまた、何も言わなかった。
それでも、不思議と――沈黙が、心地よかった。
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